間章  牢獄の中の小鳥

 

 

 

姫君として、この世に私は生を受けて早十九年。思えばほんのわずかな時の流れの中でのことだったろうが、ジュピネルでは時代の節目となったと言っても過言ではない。

我が国では暦をジュピネル暦といい、ジュピネル建国を元年としているから、現在はジュピネル暦九十年だ。その十年ばかり遡って、少し昔話をしよう。

 

 

ジュピネル暦八十年。

 ジュピネルの都イオリアの民たちは周辺の芳醇な実りの恵みを受けて、日々を幸せに暮らしていた。国王である我が父は、女好きで傲慢知己な性格ながら、国民に対する政は見事と言うほかは無く、関税の撤廃や、低税収政策により、民たちはゆとりのある生活を育むことができていた。それもこれも、優秀な政治家や軍人たちの裁量による面も多いが、国民の大半は父の政権に多大な支持をしていた。

 しかし、国民たちは知らぬだろう。そんな父が王城内で好き勝手の生活を行っていると。いや、彼だけではなく、貴族という貴族は完全に潤いに目が眩み、急激に腐り始めていた。

 奴らは、昼間は賭博で金遊びにふけり、夕暮れは食堂にあるだけの料理を食いつくし、酒を飲み、夜はメイドでも、他人の妻でも、町娘でも強引に種付けする。そんな腐ったサイクルで毎日を過ごしていたのである。それもこれも、芳醇な実りが齎す豊富な作物が原因であった。

 このとき、私は若干九歳の小童であった。私は第三王女として母とともに、城の片隅で静かに暮らしていた。だが、肩身の狭さは甚だしい。男尊女卑の根強いこの国では長女以外は皆、肩身の狭い思いを強いられている。

 だが、それでも私は母がいれば十分だった。

 八畳ほどの白い部屋にダブルベッド一つに高級といえば高級の調度品。走り回るくらいの庭も用意されていた。父には側室やら妾、手つきなどを含めると四十人を超える女がいるが、部屋を用意してもらえたのは私の母を含め、貴族や高級軍人出身の側室六人だけであった。他の女たちはただの一夜限りの惑いも同じ。孕まされた女もいたが、知らぬ存ぜぬで父は無視した。

 ということは、私の兄弟は七人だが、実はさらに多いということだ。うーん、詳しくは知らぬが、ある機関の報告によると二十五人を軽く超えるということなのだが……。まぁ、王子王女宣下を受けられなければ、例え王族の血を引いていても落胤程度の扱いしかされないから面倒なことにはならない。

「母上様ぁ。今日も雨だよぉー?」

「ゴホッ、ゴホッ。そ、そうねぇ。早く止んでほしいわね」

 九歳を超えた私は今とは全く違った性格であった。なんというか酷く甘えん坊で、少しのことで泣いてしまう弱弱しい女の子だった。母は母で長く風邪をこじらせて寝込む毎日だった。母の知り合いだったアイレスの計らいで、医者が毎日のように来てはくれるが、母は薬草という薬草が効かなかった。どんな名医でも小首をひねるばかり。

まるでおぼろげな月夜のよう。活気を当に失った貧街のよう。我が母は笑みさえも辛そうに浮かべるまで弱りきっていたのであった。

父に強引に処女を奪われ、それが元で私を孕み、城の片隅でひっそりと暮らすこととなったかつての紅玉の戦乙女。その不運の中の不運を私はまだ呪うことさえしていなかった。

「ねぇーねぇー? 今度はいつお父様に会えるのぉ?」

「さぁねぇ。それは私にもわからないわ。お母さんがこんなんじゃ、お父さんも会いに来てはくれないよねぇー」

 甲高い声を上げて笑ってみせる母。まだ三十の年齢ながら、二十を迎えたばかりのような若さを持っている。赤髪をふんわりさせたおさげスタイルの母は上品に笑いながら、この私の頭をそっと撫でて来た。

「ねぇ――。」

 と、私の体を抱き寄せながら、母は耳元で囁いた。

「強くなるのよ、アティナーデ。自分の意にそぐわないものを全て弾き飛ばせるように。私もそうできたなら、きっと人生違ったでしょうね」

「ほぇ〜?」

「フフ、まだお子ちゃまにはわからない難しい話だったね」

「むぅぅ、お母様の意地悪ぅ」

 私は可愛らしく丸まるほっぺを膨らませて怒った。母が見せる満面の笑みもまた美しかった。狭い家庭に母子二人だけだけど、それでもあの頃の私には何よりもの幸せだった。。

 だが、それも打ち砕かれようとしていた。

「うっ?! ゲホォッっ!!」

 母がとうとう真っ赤な血を、その白いシーツの上に吐き出したのだ。その赤みは私たち母娘の髪の毛よりも赤く、そしてゼリーのようだった。私はそれがどういうことなのかわからなかった。不安げに眉を顰めて母の傍にいたが、何もできなかった。

「はぁー、はぁー」

 苦しそうに華奢な肩を上下させて吐息を漏らす母。その口元は血で汚れ、赤黒く染まっていた。その痛々しい姿は清純無垢な少女であった私の気を立たせ、無我夢中で部屋の外まで走らせる。

「ま、待っててお母さん! 今、お医者さんを呼んでくる!」

 すると、母はうっすらと目を開けた状態で必死に手を伸ばしてきた。

「だ、駄目……。表に出ちゃ……だめぇっ」

「でも! お母さんが大変だもん!」

 私は母をその場に残して部屋を飛び出した。

「だ、誰か! 誰かお母様を助けてぇーっ!!」

 無我夢中で城の本殿の前まで侵入した真っ赤なドレスを着こなした少女は、大粒の涙を零して門番をしていた衛兵に駆け寄った。

「ん? おい、この娘は?」

「あ、この子はメティシア様の御子だ。確か、アティナーデ様」

「ああ、あの嫌われ者の子か?」

「おいおい、一応は王族だぞ?」

「構うものか。城のものだって厄介者扱いしてるじゃないか。やけに医者代がかかるってな。聞いたか? あの女の一年の医療費だけで俺たちの給料五年分らしいぞ?」

「それは初耳だ。どうせ助からない命なんだろ? アイレス様のやることはわかんねぇな」

「まぁ、義理立てなのだろうな」

 私が泣き叫びながら駆け寄っているにも拘わらず、この二人の衛兵たちは私を無視して見張りを続けた。恐らくは私の声を聞き届け、面倒くさい女が死ねば良いとでも思っていたのだろう。

私は業を煮やしてガリレウス城の本殿へと入り込んだ。アイレスならば、きっとなんとかしてくれる。そう思って私は彼を探そうとしたのである。だがしかし、神の気まぐれはここで起こった。

「アティナ?! アティナがなぜここにいる?!」

 ロビーにて張り上げられる怒鳴り声。私は偶然、街での催し物に参加することになっていた父と正室、そして次期国王の長男と遭遇してしまったのだ。でも、このときの私にとってみれば、父は優しくて頼れる父だった。だから、精一杯の頼み込んだ。

「お父様! お母様が、お母様が大変なんです!! 助けてくださいっ!」

 私は大粒の涙を零して訴えた。だが、三人を含め、共をする貴族たちの反応は冷酷だった。誰も助けようと動いたものはいなかった。むしろ、クスクス笑って口々に喜びの言葉を漏らしたのである。母は金を食い物にする厄介者。しかも、皇位継承権のない娘を産み、将来の無い身の上ながらに王城に住むパラサイト。邪見にされても不思議ではなかったのだ。

「アティナ、帰ってあの女に伝えろ。そなたのことは私に任せ、安心して死ねと」

「ぷっ! プフフフフ! 陛下、酷いですわぁ〜」

「そうだよぉ、父上」

真顔で母に死ねという言葉を向けた父。それに大きな声を張り上げて爆笑する正室と王子。貴族たちもどっと笑い声を上げて口を押さえた。その笑い声の混声合唱は九歳の幼い少女の心を強く傷つけた。

「フン、妾の分際でここまで長生きできただけ有難く思え。アイレスに余計な癇癪を起こされてはたまらんからな。奴ほどの人間を失うのは惜しい」

「でも、これでその憂いもなくなりますわ。あの妾、無様に死ぬんですもの」

「フフ、そうじゃな。せいせいするわ。」

私は涙と鼻水、涎で顔を濡らしながら大きな声を上げて泣いていた。誰も彼も母を助けてはくれない。どうしてこうも男というものは身勝手なのだろうか。

私は、鼻で笑って前を立ち去った父たちを引き止めることもできなかった。ポツンと広いロビーの真ん中に立ち、大きな声を上げて泣き続けたのである。

「ん? この騒ぎはどうなさったのです?」

 どれほど経った頃かわからぬが、泣き声を不思議に思ったアイレスが参謀会議室から出てきたのである。

「アティナーデ様?!」

 尋常ならぬ私の様子に、アイレスは血相を変えて駆けつけてくれた。このときのアイレスはまだ参謀成り立ての若造も若造。母の二歳上の男である。

国境紛争で名を馳せた戦術家のアイレスは念願だった参謀本部入りを果たし、今まさにその活躍を歴史に刻もうとしていたときだった。現在ほどまでに力を持ってはいないときではあるが、父のお気に入りとして地位は確かだった。

「いかがなさいましたか?!」

「あ、アイレス様ぁ〜! お母様がっ……お母様がぁっ!!」

「え? く、詳しく事情をお聞かせください!!」

 私がそれまでの経緯を話すと、彼は疾風のごとく駆け出していた。私の母を侮辱した衛兵たちに医者を呼ぶように命令し、私を軽々と肩に担いで離れへと走ったのである。その獅子が大地を蹄で踏みつけて飛び上がるがごとく、彼は突っ走った。

「メティシアっ?!」

 バンとドアを開けて部屋の中に入り込むアイレス。そして、彼の肩から飛び降りる私。私たちが見た光景は壮絶すぎる悲惨な光景だった。

 私の母はベッドから落ち、母が描いた私の肖像画を胸に抱いて事切れていた。血を何度も吐いたのだろう。彼女の軌跡が血を引きずったあとでよくわかった。ベッドから落ち、血を何度も何度も吐いて必死の思いで掴み取ったのが私の肖像がだったのだ。

 母は血の海の中に頭を落とし、目をうっすらと開け、涙を大量に零して死んでいた。母は臨終の間際まで私にいてほしかったのだろう。肖像などではなく、私を抱いて死にたかったのだろう。欲のない母が最後の最後で見せた欲が私を抱いて死ぬことだったのだ。

母が「行くな」と言ったのは、父の言いつけだったからではない。私がいなくなることが嫌だったのだ。だからこそ、母は私の肖像画を抱いて死んでいたのである。

「お母様ぁっ……死んじゃやだよぉ! 死んじゃいやだよぉーっ!! うぁあああああああああああああああああああああああん!!」

 大声で慟哭を挙げる幼い私をアイレスは一方ならぬ目で見つめていた。歯を食いしばり、拳を握り締めて佇む彼はその目に影を落としていた。

その後、すぐに衛兵が呼び寄せた医者が駆けつけたのだが、すぐさまに死亡診断書が書かれ、母メティシアは死んだことになったのである。だが、側室が死んだにも拘わらず、我が父は喪に服さずに遊び惚けた時間を過ごした。まるで私の母の存在など最初から無いように扱い、まるで気にせずに享楽に堕ちる日々を過ごしたのである。アイレスもまるで人が変わったかのように戦に向けての猛訓練に励んだ。戦術の勉強もよりいっそう励んで戦場での地位を確たるものにしていった。連戦連勝で負けなし。彼は周辺諸国の中でも伝説ともなろうとしていたほどであった。

 

 

 

 

そんな中、私に父への憎しみを芽生えさせた出来事が起こった。

 それは忘れもしない十二の夏。ジュピネル士官学校でのこと。

「ふぅ。今日の訓練も終わったばかり。これからどうしようかなぁ」

 このときの私は、まだ女の子のような口調、気持ちであった。王族ながら、士官学校では一兵士として教官や先輩兵士たちに扱われ、真の平等の許に、扱かれていた。だが、やはり私が女ということもあって、それなりに気を使われたりしていた。紅玉の戦乙女の娘ということもあって、一種のアイドル効果のようなものがあったのかもしれない。

 私は下士官用の個室を与えられ、そこで寝起きをしていた。ベッドが一つと、机一つの狭い部屋ながら、大部屋で雑魚寝を強いられるほかの兵士たちと比べると待遇に大きな差があったのだが、上の言い分としては仮にも王族かつ女である私に何かあったら後々に大問題になるからということであった。それはそうだろう。もし、私が同僚もしくは先輩兵士たちに嬲られてみろ。私が士官学校を卒業して王族に戻った瞬間、恐ろしい報復が待っていたことだろう。絶対王政統治のジュピネルにおいて、王族は誰よりも偉く、誰よりも尊ぶものとされていた。

「今日もまた街に繰り出しちゃおうかなぁー。あぁーでも、見つかったら五月蝿いしなぁ」

 などといいながらベッドにだらしなく寝転がる私。その隣には母が作ってくれたクマのぬいぐるみ。母との思い出を形にしたような、唯一無二の存在だった。

「アティナーデ、いるか?」

 さて、私がこれからどうしようかと決めかねているときに不意に部屋のドアがノックされた。私は自分が何か粗相をしたのではないかと一瞬、焦りつつもベッドから飛び起き、慌てふためきながら扉を開いた。

「は、はっ! お待たせしました!」

 と言って敬礼する私の前に、指導教官が返礼をして立っていた。

「お前に客人が来ている。すぐに応接室へと向かえ」

「は、はっ! で、その客とは?」

「行けばわかる」

 教官にそう言われ、私は首を捻りながら部屋を出ると、兵舎中央玄関付近に設けられている応接室へと走った。すでに時間帯は午後九時前後。こんな時間に私のところへやってくる人間に対して、てんでアテが無かった。

「失礼します。呼ばれました、アティナーデです」

 きちんと応接室のドアをノックして中へと足を踏み入れると、応接室の真ん中に置かれた対面式ソファーの上に一人の女が腰を下ろしていることに気づく。紫色の長い髪を体に纏わり付かせた彼女は、特徴的な鎌状のアホ毛を靡かせながら、誰が入れたのかわからないコーヒーに口をつけている。

「ヘラさん?!」

 私は思わず驚きの声を上げた。

「久しぶりね、アティナちゃん。最後に会ったのはメティシアの葬儀のときかしら?」

「な、何しに来たんですか?!」

 私は思わず身構えながら叫んだ。

「やぁーねぇー。今日は何もしないわよぉ」

 と、にこやかな顔をして言うヘラではあるが、私は怪訝そうな顔をして警戒心を解かない。なぜならば、私はこれまで散々にこの女に弄ばれてきたからだ。

 彼女はヘラ。このとき、デウシウスの側室という身分にあったのだが、通り名を紫電の戦乙女。そう、母の親友であり、同僚、そして戦友でもあった女剣士である。三色の戦乙女最後の一人で、最年長者であった。すでに齢は三十後半だったのだが、その美貌は魔性のようで、二十代と見間違うほどだ。

 だが、質実剛健、精錬実直な我が母と違い、このヘラは好色で、ドがつくほど変態だった。清らかな私も幾度となく彼女に弄ばれた。穢れなき場所を何度も何度も……。そのことで、病弱だった母が激怒して剣を手にしたことさえもあった。

「い、今までの貴方の行いを振り返ってみてください!!」

「うーん?」

「も、もう、この人はっ!」

 と、私が叫ぶ中、ヘラはにこやかな顔を崩さず、コーヒーの入ったカップを置いて

「そう怒らないで。今日は、貴方に大切な話をしにきたのよ。そうね、貴方の出生の秘密って奴かしら」

「え?」

 そのとき、私はヘラから自分の出生に関する衝撃的な話を聞いた。

母が父に無理矢理犯されたこと。それによって私を孕んでしまったこと。おかげで、誰のところにも嫁げなくなってしまっていたことなどなど。ヘラの口から発せられた言葉の数々に、私は思わずその場で頭を抱え、蹲ってしまっていた。

「わ、私のせいで……お母様は……」

「貴方のせいじゃないわ。悪いのはデウシウスよ。陛下は今も夜な夜な美女を部屋に呼んでは手篭めにしているわ。メティシアのように孕んでしまった子も何人もいる。正直、貴方にこんな話を聞かせるのは迷ったのだけれど、貴方は私の大切な友人の娘。だからこそ、貴方には知っておいて欲しかったの」

「……そうだったんですか」

「気を落とさないで。どういう経緯あれ、貴方をメティシアは大切に想っていたのは事実。それを誇りなさい。そして、メティシアのように素直で素敵な剣士になるのよ。そのためにも、今は勉強を頑張ること。いいわね?」

「…………」

 怒りに顔を歪める私に対し、ヘラは最後に満面の微笑を浮かべてきた。ほんと、変態なところさえなければ、私はこの人に師事してもよかったのだが……。

「それじゃ、今日はこれで帰るわね? 貴方も明日からまた訓練あるんだし」

 ヘラはそう言いながら席を立つと、蹲る私の背後を通って応接室のドアに歩む。

「あ、ありがとうございましたヘラさん!」

 私は精一杯のお礼を彼女に述べた。

「いいえいいえ。あ、そうそう。アティナちゃんは鎧とか、剣とか自前のものって持ってるの?」

「え? 今はまだ……。いずれはお給金で作ろうかなって」

「といっても、至急品やその辺の職人では大したものにならないしねぇ……。うん、いいわ。じゃあ、十四歳。卒業式の日に私がいいものをあげる。それまで、頑張って訓練に励みなさいな」

 ヘラはそれだけ言うと、ドアを開けて応接室を出て行った。私は私で、そんなヘラに対して精一杯頭を下げながら見送ったのだが、バタンと扉が閉まると、私は思わずその場に泣き崩れてしまった。

 母は死ぬまで父に対する恨みを言ったことはなかった。だから私も、母の許に父が来ないのはきっと政で忙しいのだと思っていた。母が死んだ日の、あの父の挙動はおかしなものだったが、それでも私は、先程まで父母は愛し合った末に私ができたのだと考えていたのである。ヘラの言葉は、それを根底から覆すものだった。

「……お母様。さぞ……無念でしたでしょう」

 私はギュッと拳を握り締めて、振り絞るような声を上げた。

「お母様……。お母様を穢した罪、私がきっと……あの父に償わせて見せます。それまで、どうか天から私のことをお守りください」

 それが、それからを生きる復讐の鬼アティナーデの誕生であった。私はその日を境に、一心不乱に訓練に打ち込むようになったし、勉強もさらに心を入れて熱心に行った。それに比例するかのように、女の子アティナちゃんは姿を潜め、熱血剣士アティナーデが表の世界で確立して言ったわけである。我が父も私の変わり様には驚いていた。士官学校への入学許可を求めるために会った次の謁見が、士官学校卒業後。すでにそのときには、私は今と変わらない振る舞いを見せていた。

「卒業おめでとう、アティナちゃん」

 卒業式当日、私はヘラと、城の片隅に今も残るボロ小屋で会っていた。ずっと私は帰らなかったのだが、時折、ヘラはこのボロ小屋を掃除していたらしい。理由は暇だからというが、きっと親友の最後の家を守っていてくれたのだろう。

「すまなかったな。ここを任せてばっかりで」

「いいのいいの。陛下の気がこちらにないときは、息子の相手だけしかやることないし。ハディスも来年は卒業か。さてさて、どちらが強いかねぇ」

「さぁーな。でも、いつかは剣を合わせてみたい。お前が直々に鍛えている弟の成長振り、是非確かめたいからな」

「フフ。じゃあもっともっとハディスを鍛えてあげないと」

 何度も出ているハディスというのは、私の弟である。ヘラの息子なので、おちゃらけた変態遺伝子を受け継いでいるのかと思えばそうではなく、むしろ、クソ真面目な人間に育ってしまっていた。

このときは、士官学校で訓練と勉学の毎日を送っている。将来も、国のために一心不乱に奉仕する覚悟だとか。まぁ、すでに次代の王は決まっているので、他の王族たちがやることといえば、国の中枢に入って国を発展させることのみである。男は軍や政治の世界に、女は他国との繋がりに、それぞれ進まなければならない。私もいずれは他国の人間と結婚させられる予定である。

「で、以前約束してた通りだが、卒業したら何をくれるんだ?」

 と、私が椅子に腰を下ろしたこげ茶色の軍服姿の私が尋ねると、ヘラはクスクス笑って

「私の母乳入りコーヒーなんていかがかしら?」

「ふざけんのも大概にしろよ、ババア」

「フフ。まだまだ若くてよ? あっちのほうも」

「そうかいそうかい。娼婦にでもなりやがれ。紫電の戦乙女とあれば、客は大勢だろうぜ」

「それもいいわね。ドSなお姉さんから、ドMなお姉さんまで演じれるわよ? ちなみに、昨晩は陛下と――」

「私が悪かったから、それ以上は勘弁してください」

「あらあら。ここからが燃えるのに。濡れるのに」

「頼むから、この家でそういうのはやめてくれ。母が見てる」

 と、私が困り果てた顔をして言うと、ヘラはクスクス笑いながらも席を立ち、一度、ボロ小屋から出て行った。私は私でその小屋の中に取り残され、その間は久しぶりに帰ってきた家に思い出を駆け巡らせた。

「お待たせっと」

 五分後、ヘラは何か大きな木箱を持って家の中に入ってきた。

「ふぅ。あらかじめ、裏手に置いておいて良かったわ」

そういうと、ヘラはその木箱を私の前に置き、おもむろに蓋を取り外す。

「これは?」

「フフ」

 その中に入っていたもの。それは、真っ赤な鎧と一振りの剣であった。

「これは、貴方の母メティシアが紅玉の戦乙女として戦いに明け暮れていたときに使っていたものよ?」

「母が?!」

「貴方の背格好、丁度よさそうだし。支給品なんか使うより、全然こっちのほうがいいと思うんだけど、どうかしら?」

「ぜ、是非!!」

 私は即答した。これ以上の具足があるものか。剣もまた然りである。敬愛する母の使っていた武器武具を使用して戦場を駆け抜ける。それは私にとって、最高の名誉である。

「そう言ってくれると思ってたわ。じゃあ、早速着てみましょうか。その上からでいいから」

「りょ、了解!」

 私は早速、母の具足をヘラの手伝いを受けて着こなして見た。背中側で紐やら金具やらを締めるので、一人では絶対に着用できないものである。私は、ヘラのセクハラを警戒しつつも全て彼女に任せた。

 そして、生まれた。

「へぇー。流石はメティシアの娘ねぇ。あの子にそっくりだわ」

「そ、そうかな」

「うん。よく似合ってるわ。二代目、紅玉の戦乙女……いえ……まだ貴方は剣の腕がそこまで行ってないから別の贈り名をあげるわ」

「ズバっと言うなよ……結構くるから」

「だって事実だもの。それだけ、あの子は強かったのよ? 私よりも、ディオネよりも」

「へいへい。貴方のお目に適うように頑張りますよっと」

「不貞腐れないの。そうね、紅玉の剣士なんてのはどうかしら?」

「それでいいよもぉ。どうせ、数年で二代目、紅玉の戦乙女って呼ばせてやるんだから」

「果たして、そう上手くいくかしらね?」

 ヘラはニッコリ笑ってそう言った。ああ、その通りだった。私は最後まで、彼女に二代目と認めさせることは出来なかった。だからこそ、私はイオリア攻めの中で奴に会い、私が母を越えたことを認めさせてやるつもりである。

 

 

 これが、私紅玉の剣士アティナーデのお話である。必ず、母の仇を討ち、きっときっと母を越えてみせる。その念願の成就がすでに間近に迫っている。

 

 

 

 

 

 


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