第十一話  炎上する都、イオリア

 

 

 暗闇を抜けると、そこは絢爛豪華な部屋だった。

 まるで宝物庫を思わせるほどの豪勢豊かな調度品が、多数保管されているその部屋。如何に賢人でさえも目移りしてしまいそうな位の、桁外れな価値を持った物品の数々に、兵士たちは思わず唾を飲みこんだ。一つだけでも一財産築けるような宝だ。目を輝かせるのは仕方がない。

「まったく、お前たちは。戦が終われば報酬に好きなものをくれてやるよ」

 と私が行ってやると、彼らはハッとなり、恥ずかしそうに顔を歪めていた。

戦闘が進めば、この城にも火の手が来る可能性は極めて高い。その火の中で見事な宝物が消え果てしまうのはなんとも不憫に思った。それだったら、兵士たちに分け与えたほうが宝物にとってもどんなにいいものか。

「まだ作戦開始まで時間がある。さっき通ってきた脱出路に投げ込んどけ。帰りにでも持って行くがよい」

 動機こそおかしなものであっても、それで宝が炎に焼けないでいられるのであればいいことだ。しかし、私がそう言っても、兵士たちは誰一人として躊躇いに躊躇った挙句、その宝の山に手を出すのをやめた。私から侮蔑されるのが嫌なのか、それともこれがサトゥルの民族というものなのか。

「呆れた……。好きなもの持ってっていいってのによぉ。お前たちはほとほとジュピネルの軍勢とはわけが違うな。それが誇らしいよ」

 私がクスクス笑ってやると兵の誰もが照れ笑いを浮かべた。

 これは褒美を出してやらないとな。と私はガサゴソと絢爛豪華な王族避難場所の一角を探した。確かこの辺に、王族たちが脱出の際に持っていくことになっている貨幣があったはずだが……。

「お、あったあった。ほれほれ、私からの褒美だ。これを皆でわけろ。あぁ、勿論、戦が終わったらな?」

 古ぼけた箱に入っているのは何千何万もの金貨と銀貨。しめて城一つは建つに十分すぎる金額だ。これを百で割っても相当な報酬となろう。だがしかし、兵士たちはまた躊躇いつつも……。

「あの……それはタイタニアを再建するためにお使いください」

 とさえも言い放ったのだ、こやつらは。

これには幾ら鬼神の化身である私でも感涙を催させられる。ヘルメスも誇らしげに鼻を高くしていた。そのときに浮かべた笑みが馬鹿にしたように見受けられ、私は涙を隠しながらも、ヘルメスの鼻に爪を立てて抓った。

「諸君らの気持ち、重々承知した。そうだな、まずはタイタニアを元通りにしないといけないからな。ここにある宝を全てそれに回し、さらによい城、よい街にしていこう。きっと誰もが幸せになれるに違いない国を作っていこう」

「はっ! 我ら兵士一同、アティナーデ様、アルテミス様、ヘルメス様に従い、タイタニアを見事立派に復興させて見せましょうぞ」

ならば早速、その幕開けを飾らねばならないだろう。私は、兵たちに宝物全てを抜け穴の中に放り込ませている間、アルテミスたちへの合図の準備をする。矢を持っている兵士からそれを一つ借り受けると、油を染み込ませた布を巻きつけて、そこにランプの火をつけた。開戦の狼煙となる矢は盛んに燃えた。

「うし。こっちはいつでもいいぞ。早く宝物を投げ込め」

 私がそう言うと、兵たちはもはや丁寧さを欠いて、抜け穴より梯子の下へと宝物を放り込んでいく。壊れても修繕すればなんとかなるだろう。もっと早く放り込め。

 ものの数分で、宝物で埋め尽くされていた部屋は殺風景な部屋に模様替えを終え、私はヘルメスに唯一の窓を壊させた。

「さて、扉をブチ破る準備はいいか?」

 弓を片手に尋ねる私に、ヘルメスはコクリとうなずいた。兵士たちも皆剣を抜き、いつでもいいと私に言って来た。私は私で格子窓から炎が猛る矢を突き出し、弦を強く引っ張った。

「いくぞ! グラウコーピス軍の戦いの始まりだぁああ!!」

 私は年柄も無く大興奮とともに矢を放った。炎を灯したその矢は一目散に空高くへと飛んでいき、やがては推進力を失って勝利の宴が催されている住宅街のど真ん中へと落ちた。それはまるで流星のよう。

矢は踊り狂う青年の傍に落ち、彼はそれに驚いて尻餅をついた。

「お、おいおい危ねぇなぁ! 誰だよ、ふざけてこんなの撃った奴!」

 と青年は慌てて水樽の中にそれをぶち込んだ。それが、彼らジュピネル人を恐怖のどん底に突き落とす合図だとも知らずに。

その火矢の合図を、南門の向こうで待ち構えていたアルテミスたち本隊が認めた。

「撃ち方用意!」

 弓兵頭の声を受け、弓を持っている六百名前後が炎のついた矢を空高く向けた。星星も強い炎の光を受けてはその存在を打ち消される。月よりも明るい

この弦に乗った細長い棒が、この街を完膚なきまでに叩くとことになる。微弱な炎だが、塵も積もれば山となるといわれるように、六百本もの矢が二度、三度と数を増して射掛けられたならば、たちまちに巨大な炎となって人々と街の生命を脅かす存在となる。

「放てぇーっ!!」

 弓兵頭の怒涛の声とともに放たれる炎つきの矢。それが城壁を軽々と飛び越え、推進力を失って急降下。まるで炎の雨のようになって、勝利の宴に沸き返る街中へと降り注いだ。

それは神の怒りか。自然の天罰か。いや、人間の怨念である。

 街中へと降り注いだ、サトゥルはタイタニアの人々の怨念は、面白いように火の手を各所で上げた。

まるで矢が意思でも持っているかのように、次々に燃えやすい米や麦の干し場へと降り注いだのだ。室内に飛び込んだものもあった。それは眠っている人間たちの枕元などに落ち、ベッドに燃え移って一気に炎を上げる。

 たちまち、街中が大混乱となった。秋と言えど乾燥の時期、雨があまり降っていないせいで火はすぐに町中を駆け巡った。機密性の高い家屋も存在するこのイオリアでは、炎の竜巻さえも起こり、手がつけられない状況に陥る。

 イオリアの住宅街で溢れかえる南部地区は逃げ惑う人々でパニックとなった。

「敵襲! 敵襲だぁーっ!」

「ま、まさか嘘だろ?! 戦には勝ったはずだ!! まさか、エリスの軍勢か?!」

「理由は知らんが敵襲だ! 早く戦う準備をしろっ!」

 勝利の余韻も吹っ飛び、自分たちの命が狙われていることに、彼らは恐怖心を胸に秘めて戦いに出ようとしていた。一般人たちも燃え盛る炎を逃れようと、北部地区へと逃げ延びていく。大通りはたちまちに人々でごった返し、さらにそこへ、戦闘、もしくは脱出のため南北地区へ行こうとする大勢の人間たちがやってきて身動きがしにくい状況を作った。

「アルテミス様、予想以上に火の回りが強いようです! 第二派を射出しますか?!」

「ええ! 第二派射出後、通常の矢に変更! 歩兵は突撃準備をして! 門が開くと同時に一斉に矢をしかけ、敵が怯んだ所で私を先頭に突撃です! 決して遅れないように!」

白玉の剣士アルテミスが、その鎧に覆われたスマートな腹の底から声を張り上げた。弓兵たちもその命令に素直に従い、矢を構えた。

歩兵たちは槍を突き出し、一方で、旗持ちの兵士も長い棒にくくり付けたサトゥルの国旗を翻しながら、敵が出てくるのを今か今かと待ち構えた。

ジュピネル軍は、城壁に上って矢を射掛けてくるとも思われたが、その城壁の上にまで炎はすでに回っていた。城壁の上で愚かな兵たちが飲み散らかした酒のアルコールへ火が移り、さらには油や布などの備品にまで引火して大炎上していた。高温で焼かれた城壁は崩れやすくなり、レンガがボロボロと零れ落ちていく。

「愚かなものよね。こんな国にサトゥルが滅ぼされたとなると実に腹立たしい」

 燃え盛る城壁を眺めながら、冷静な顔をしたアルテミスが呟いた。

「フフ。まだ滅んではいませんよ、アルテミス様」

「あらやだ。フロディアさんの言うとおりですね」

 アフロディテの突っ込みに、アルテミスは愛想笑いをしてその白い髪の毛を優雅に靡かせた。

 炎に包まれたイオリア南部地区では、暑さに耐えかねて南門の扉を開けようとさえするものも現れた。彼らは民間人だったが、門を開ければ矢による集中砲火を浴びるのは目に見えている。また、敵が都内に入り込むことにもなり、そうなれば市街戦に発展してしまう。それを知る軍人が慌てて辞めさせようとしたが、民間人は無視して門を開けるための歯車を回そうとした。やむなく、兵によって一太刀に切って落とされる。

 仕方が無いとは言え、とうとう、同士討ちまでやりだしたのである。死にたくないがために門を開けようとする者と、死にたくないがために門を開けないようにする者の内紛は、南門付近で殺人沙汰となった。勿論、そのようなことはアルテミスたちの知るところではない。

「おい! 火が開閉装置にまでついた!」

「なんだと?! 不味いぞ! 早く消せ!」

 勢いがよすぎる火の手は南門の開閉装置にまでつき、木製の歯車やロープが炎に瞬時に包み込まれた。仕舞いにはロープが切れ、歯車が吹き飛んだ。支えを失った高さ五メートル、重さ十二トンの巨大な木製の扉は、それを止めている巨大な鉄の蝶番を吹き飛ばし、大音響とともに街内側へと倒れていったのである。

 巨大な扉はそのまま消火作業に当たっていたり、脱出したいと門を叩いていた人間たち全てを押しつぶしてしまった。

「……なに? あの街は呪われてるの?」

 とアルテミスが思ってしまうほど、踏んだり蹴ったりがイオリアの街を襲っていた。

一体、何人が倒れた重たい扉に押しつぶされたかはわからない。血がジワジワと門と石畳の地面の隙間から、あたり一面に広がっていった。正直、アルティたちは事後処理でその扉をどかしたいという気持ちにはならなかった。

「門が開きましたぞ!」

 弓兵隊の指揮官が叫ぶ。

「わかっているわ! 敵が飛び出てくるまで待ちます!」

「民間人の場合は?!」

「私が許します! 出てくるものは全て射なさい! 我が祖国の民たちの苦しみをしっかりと味合わせてやるのです! 皆殺しにします!」

 私がかねがね言っていたとおり、アルテミスは腹黒さを増しているようであった。最初の戦いでは人殺しを拒んでいたこの乙女も、今や一軍人としての自覚からか、咄嗟の判断でそのような命令が出せるようになっていたのだ。

「異論はありませんね、フロディアさんも」

「ええ。私は陛下の命令には素直に従います。それが軍人と言うものです」

 大剣を肩に担ぎ、ほくそ笑むアフロディテに、アルテミスも頼もしいと言って微笑んだ。ちなみに、アフロディテのストーカー、ヘスティアはアフロディテの背後を付き従うことになっていた。兵士だったアフロディテとは違い、ヘスティアは温室育ちのお嬢様。一切の剣術はできない。森の中に置いていっても良かったのだが、ヘスティアたっての希望で、アフロディテの付き人を命じた。

 さて、扉が崩壊し、ようやく熱から逃げられるルートが確保されると、ジュピネルの民たちは、市民、軍人問わず、雪崩を打つようにして表へと飛び出してきた。だが、そんな彼ら目掛け、サトゥルの怒りの鉄槌が容赦なく浴びせられた。

「うぎゃあっ!」

「きゃあ!」

 男も女も、子供も老人も、雨あられのように降り注がれる矢の雨を浴び、一人、また一人と突っ伏していく。矢を体内に打ち込まれ、悶え苦しむそんな彼らを見つめるアルテミスは黙りこくっていた。やがて事切れる彼らに対して、アルテミスは鼻で笑って

「もういいでしょう! 街へ突入します! 燃えているから気をつけて!」

 敵の迎撃を受け、都内から外へと出ていけなくなったジュピネル人。彼らは顔色を青ざめさせて北へと逃げ延びて行った。そんな彼らに追撃をかけるため、アルテミスは兵士たちに突撃を命令。千名あまりの軍勢は炎が踊るイオリアへと殺到した。

 炎や門の崩壊によるジュピネル軍の後退のため、あっという間に防衛の要である門を潜り抜けた、アルテミス率いるグラウコーピス軍であったが、その行く手を阻むように市中のいたるところで炎が燃え広がっていた。その炎に巻かれ、火達磨になりながらも必死に生きようともがくジュピネル人たちがアルテミスたちへと殺到する。

「死になさい!」

 アルテミスは炎に巻かれた婦女を冷酷な顔をして一刀両断に斬って落とした。

「アティナ様を苦しめたジュピネル人の命など、ゴミに等しい」

 私がいなければ、こいつの腹黒さは全開を見せるようだ。凍りついた瞳を持った彼女は血にまみれた剣を肩に担ぐ。二刀使いの彼女は炎に揺られて艶美さを増した。

「久しぶりに暴れますよ! この白玉の騎士アルテミス、サトゥルの仇を今討ちます!」

すでに火の勢いは南部地区全てへと広がっている。早く走り抜けなければ焼死する可能性が強い。敵の奇襲を警戒しながら、彼らは炎に焼かれぬように一気に中央通を走り抜けた。燃え盛る家屋が倒壊して怪我をするものも続出したが、幸い、炎で焼け死ぬものはいなかった。

 彼女らはすぐに炎が回っていない北部地区へと殺到した。

 中央通と交差するように走る東西大通りのおかげで、火が北部地区に回る事は防ぐことができていた。そこでジュピネル軍は、北部地区の路地を利用して矢を防ぐ盾を設置。少数ながらアルテミスたちを待ち構えていた。アルテミスたちも足を止めて全幅二十メートルはある東西通りを挟んで対峙する。

「うかうかしていられませんね。早くしなければ炎に焼かれましょう」

 そう言うアルテミスの背後、紅蓮の炎が六軒後ろの家にまで迫っているのが見える。早くしなければ、万が一のときに退却も出来なくなるだろう。しかし、盾を構えつつ、万全の状態で待ち構える敵目掛け突撃すれば、大なり小なり被害を出す。

「アルテミス様。ここは私が行きましょう」

 そう言って前に出るのはアフロディテだった。

「フロディアさん?! い、いえ、危険です!」

「大丈夫。こんなの、あのときに比べればわけないです」

 アフロディテはニッと笑って大剣を担ぐと、盾を構える敵目掛け近づいていった。彼らはたった一人で射程距離内に入ってくる女に警戒の目を向ける。

「ジュピネル軍に告ぐ! 我が名はアフロディテ! かつて金玉の戦乙女と詠われたディオネ=ティタンが娘である! 悪逆非道な我が父デウシウスに断罪を下すため、そこを押し通らせてもらう!」

 私に引けをとらない、強烈な大声であった。金玉の戦乙女が名を馳せたのは二十五年も前であるが、その名の威光が薄れているとはいえ、まだまだ有名であった。彼らはその名を聞き、思わず顔を強張らせた。

「いざっ!」

 アフロディテはダッと駆け出すと、大剣を振り上げて敵陣目掛け向かっていった。そんな彼女目掛け、弓兵が矢を構える。

「放てるものなら放って見なさいよ! ダイヤル二、火炎放射っ!!」

 アフロディテは急に足を止めつつ、大剣の鍔を回し始める。数字の刻まれたそれが回転すると、大剣の切っ先が上へと開いて鉄の筒が姿を見せた。同時に、アフロディテが鍔元のトリガーを引くと、鉄の筒から真っ黒な水が放たれる。かと思えば、剣先の火打石が火花を飛ばして発火。猛烈な火炎が弓を構えるジュピネル兵たちに襲いかかった。

「うぉ!」

 その火炎に驚き、盾を持っていた兵たちが慌ててそれを上に上げて食い止める。アフロディテからは足が見える格好だ。

「フッフッフ。造作もねぇな! ダイヤル一、死針放出!」

 彼女がまたダイヤルを回すと火炎放射は収まった。だが、アフロディテはまだまだトリガーを引き続ける。すると、鉄の筒からは五寸釘が連続して打ち出され、盾を持つ兵士の太股に突き刺さった。

「ぎゃっ!」

「な、なんだっ?!」

 と、悲鳴を上げる兵士たち。すると、

「あ、あがががが!」

「うっぐぅぅぅ!」

 釘を受けた兵士たちが胸や喉を掻き毟るような動作を見せて苦しみ始めた。やがて、彼らは白い泡を口から吐き出しながら石畳の道の上に倒れていく。

「アルテミス様っ、今です!!」

「は、はい!! 矢を放てぇ!」

 キョトンとしていたアルテミスがすかさず下命し、弓兵たちは慌てた手つきで矢を放った。矢は盾を失ったジュピネル兵に次々に命中し、彼らは多くの死体を残して後ろに退却した。

「フロディアさん!!」

 敵が退却したので、アルテミスたちが前進を開始する。

「ああ、きっちりこなしましたよ」

「い、今のはなんです? 炎が出たり、釘が出たり……どういう仕組みなんですか? その大剣、普通の剣ではなかったのですか?」

 そう尋ねられ、アフロディテは自慢げに

「ええ。これは人を斬るというよりも、飛び道具で倒すものです。特A中隊に所属する前に私自身で製作したものです。詳しい内部講釈はあとでにしましょう。今は敵への追撃の手を緩めるわけには行きません」

「そ、それはそうですが……」

 すると、微笑むアフロディテは大剣を肩に担いで颯爽と前へ走っていった。

「フロディアさん……」

「フフ。アルティ姉様、今はフロディアさんの言うとおりにしましょう」

 ヘスティアが笑顔を溢して彼女の隣に立って言った。

「フロディアさん、なんだかとてもいい顔をしているよ。吹っ切れたような顔をしてる。長いこと一緒にいるけど、あんなフロディアさん、初めてだよ。きっと、アティナ様のおかげであんな顔できるようになったんだね」

「……確かにそうかもしれませんね。わかりました。今はとにかく、前へ突き進むことだけを考えましょう! 全軍前へ! アフロディテさんに負けないよう進みましょう!」

「「おーっ!!」」

 グラウコーピス軍本隊は、アフロディテを追いかけて進撃を開始。その途中途中、弓兵は火矢を、中央通沿い以外の家屋を狙って放った。細い路地や、家屋の二階より上は下を進む兵たちにとって恐怖の場所。奇襲を受けたり、上から狙撃されたり、凶器を投げられたりと無数の危険を孕んでいるのだ。だからこそ、自分たちが進む中央通り以外の建物はできるだけ焼いてしまおうとしたのである。

 北部地区は主に貴族の邸宅が立ち並ぶ。敷地も膨大だ。わずか八十名足らずの貴族のために、数千の民たちの敷地面積と同等のそれが使われているのだ。ほとほと、貴族の腐敗した権力には呆れて言葉が出ない。

 その貴族の邸宅に無数に浴びせられた火矢は、瞬く間に炎を移した。フローリングの市民の家に比べ、貴族の邸宅の床はカーペット。火矢が落ちれば一気に炎上する。炎は忽ち無駄に広い貴族の屋敷を突っ走り、数百度もの高温で室内を焼いていった。匠たちが腕によりをかけて作った高価な調度品も一緒に炎上した。

「アティナ様に仇なすジュピネル人は誰一人として生かしません!」

 火の手が北部地区の東、西から上がる頃、ガリレウス城へと向かうための中央通りでは、白玉の剣士アルテミス、金玉の剣士アフロディテが猛威を振るい、部下たちとともに激戦を繰り広げていた。

 アルテミスは余分な戦力分散をさせないために部隊を中央通りだけに集中。他の路地には回さず、真正面からガリレウス城へと向かっていた。そのため、先頭を走るアルテミスに敵戦力の攻撃が集中。また、中央通り沿いの建物からの狙撃もあって次々に兵士たちが倒れていく。

 だが、アルテミスは全く気にする様子もなく進撃を続けていた。私が兵を殺すなと言っておいたにも拘わらず、無謀な正面突破を図っての進軍。その場に私がいたら、ぶん殴っているところだろう。アイレスにしても、私にしても、はっきり言って馬鹿なクィーンの正面攻撃だった。

 しかも、不運なことに東西の貴族の邸宅に火をかけたのだから、敵部隊や一般市民が北部地区中央部に集まってきていた。それは分厚い橋頭堡も同じ。頑丈な家具を積み上げたバリケードに、高い建物には何十名もの弓兵、そして兵士四百名に一般市民千五百。グラウコーピス軍の二倍近い人員が集まった中央通りはまさに要塞だった。

 さすがのアルテミスも百メートルほどの距離を置いて進軍を止めた。

「厄介ですね。中央に兵力が集まっています」

 アフロディテが額に浮かんだ汗を拭って言った。橋頭堡の壁は分厚く、先程のように単独でどうにかできる問題ではなかった。バリケードが大きく、アフロディテの火炎放射でもどうにもならない。

「ええ。チッ、愚物どもの癖に」

アルテミスは黒さを含んだ声を発しながら、爪を噛み、目くじらを立てる。だが、これは非常に不味い状況だ。

敵は東西を炎で押さえ込まれ、逃げ伸びるには南に下って門を抜ける以外にない。そのため、ジュピネル軍は背水の陣でアルテミスたちに戦いを挑んでくるだろう。しかも、頭数はグラウコーピス軍の二倍で、さらには会戦のように広い場所ではなく、戦場はたかだか幅二十メートルの通りだ。真正面から激突した場合、いくらアルテミスが強く、兵士たちが優秀であったとしても敗北は免れないだろう。

「一時、退却してみますか?」

 アフロディテがアルテミスに進言した。だが、それもまた難しい。背後は火の海となっているのだから。さらに、敵に背中を向ければ追撃を受けて大々的な被害を受けてしまう。そうなれば例え戦に勝てたとしても私の怒りがアルテミスを襲う。私に嫌われたくない心情のアルテミスはその進言を退けた。

「はてさて、どうしたものか……。ん? そうだわっ!!」

 何かを思いついたらしいアルテミス。彼女は弓兵を呼び寄せた。

「皆、火矢のための油を出して頂戴。誰か、近くの酒場に行って空き瓶を持ってきて」

 アルテミスの命により、指揮官は手の空いている槍隊の兵士達に命じ、目と鼻の先にある酒場から空き瓶を持ってこさせた。その中にアルテミスは弓兵から貰った油を注ぎこみ、最後に油を染み込ませた紙を突っ込んだ。

「なるほど……火炎瓶ですか」

 アフロディテが感心したような声を上げる。

「バリケードは分厚く、フロディアさんの炎を以ってしても突破は難しいでしょう。ならば、その向こう側に火炎瓶を投げつけ、敵を焼いてしまえばいいのです。大混乱に陥ったところで切り込み、殲滅します」

 最後の一言に指揮官たちは顔を歪めた。

「タイタニアの人々の無念をここの民たちに味合わせてやるのです。婦女子でも殺しなさい。子供は高く売れるから捕縛すること。いいわね?」

 これは指揮官としてではなく、アルテミス新サトゥル国王としての王命である。それに背くことは即ち反逆。その場で殺されても仕方がない。だから、兵士たちは皆、黙り込んで恭順の意を示した。アフロディテも大剣を担ぎながら恭順の意を示す。アフロディテの場合は女子供殺すことには一切の躊躇いも戸惑いもない。

「よろしい。では、私を含め、十名で火炎瓶を敵陣に放り込みます。弓兵の皆さんは援護を頼みます」

 両手に火炎瓶を握ったアルテミス以下、足に自信のある十名は、まるで徒競走をするかのように横一列に並んだ。その背後で弓兵が弓を構えて準備を整える。

「行きますよ! 目指すはガリレウス城! 我が祖国を踏みにじった罰を今こそ与えるのです!!」

 もはや、私の知るアルテミスはそこにはいなかった。腹から声を放出した彼女は、脱兎の如く走り出し、その燃え盛る火炎瓶を敵陣に投げ込まんと殺到した。その彼女たちを援護するため、弓兵たちは矢を一斉に放ち、敵の目をひきつけた。そのほんの一瞬に大きな隙が生まれる。

「断罪の炎、受けよ!!」

 そうアルテミスが叫びながら火炎瓶を投げると、続いて兵士たちが火炎瓶を放る。彼女らが放った火炎瓶は、次々にバリケードよりすぐ後ろの兵士たちの体を直撃して破裂。途端に炎を上げて燃え盛った。

「うぎゃあああああああああああああっ!!」

 と、炎上した兵士たちは踊り狂い、バリケードを崩してアルテミス側へ走っていく。アルテミス、アフロディテは協力して彼らを斬り、弓兵たちは混乱に陥った敵目掛け、残っていたありったけの矢を放った。矢は雨霰の様に大地へと降り注ぎ、次々にジュピネル人たちを倒していったのである。それはもう圧倒的な攻撃だった。頭数は二千を越えていても、兵士は先頭のわずか四百あまり。対抗できる弓兵も少数で、彼らは瞬く間に矢を浴びて散華していったのである。

「矢が切れました!」

 と弓兵頭の知らせを聞き、アルテミスはその真っ白な髪の毛を存分に靡かせながら叫ぶ。

「全軍突撃ぃっ!!」

 先駆するアルテミス、アフロディテは、敵の陣にあっという間に乗り込んで、矢を受けながらも生きている兵に情け容赦のない突きを繰り出して殺していった。特に、アフロディテの大剣で突かれると、体はぐちゃぐちゃになっておぞましいものが完成した。

突撃する槍、剣を扱う兵たちもアルテミスの命を受けて死んでいる兵にまで剣を突き立てて確実に殺していった。罪悪感は合っただろうが、王命には逆らうことは許されなかった。

「お、お願いしますっ! 助けてくださいっ!」

「ご、後生です! お腹の中に赤ちゃんがいるんですっ!」

「貴方たちにしてしまった罪は償いますから、どうか、どうかお慈悲を!」

 軽々と四百名あまりのイオリア守備隊を殲滅したアルテミス率いるグラウコーピス軍は、更にその後ろの婦女子や老人、子供たちの集団へと襲い掛かっていた。気が進まないながらも、王命のために剣を振るわなければならない兵士たちは、涙ながらに命乞いをしてくる一般市民に心を締め付けられる思いを受けていた。

「なにやってるの! こうやって殺すのです!」

 しかし、人を殺すことに慣れてしまったアルテミスは、冷酷なまでに残虐だった。

彼女は、妊婦の腹に剣を突き立てて赤ん坊ごと殺した。

 彼女は、必死に命乞いをする老人の首を刎ねた。

 彼女は、同じ年頃の娘の顔を刃で何度も何度も傷つけた上で心臓を一突きにした。

 まるでゲームを楽しむように蹂躙するアルテミスを前に、グラウコーピス軍の兵士たちはただただ呆然と立ち尽くすだけだった。それに冷静な顔をしているのはアフロディテだけ。ヘスティアすら、変わっていく従姉の姿に声を震わせた。

「逃げろ逃げろぉっ!!」

「城へ逃げろっ!」

 そのアルテミスの振る舞いに恐怖し、どうにかして逃げようと北へ向かう市民たちだったが、そんな彼ら目掛け、神の気まぐれか、炎の渦が喰らい付いた。それは炎の竜巻のようになっており、瞬く間に何百もの市民を飲み込んだ上で焼き殺した。炎の渦が通り過ぎれば炭化した人体がいくつも転がった。

「これが天罰ですか」

 無残に焼け、炭化した女性と思しき遺骸を蹴り飛ばし、アルテミスは鼻で笑った。

「いや、自然現象でしょうね。おそらく、タイタニアでも同じようなことが……」

「なるほど……。では、その苦しみ、この街の住人たちにもしっかりと味合わせなければなりませんね」

 アフロディテにそう返したアルテミスは、もはや暴虐の王の顔となっていた。彼女は血に塗れた顔を拭うことなく、血と脂肪と臓腑がこびり付いた剣を肩に担ぎ、兵士たちに先立て全身して行った。アフロディテもまた、そんな彼女に素直につき従っては殺戮した。

 北を炎で塞がれ、南を暴虐の王に占拠されたジュピネルの市民たちはその死ぬ間際まで恐怖に生き地獄を味わった。命乞いなど無駄無駄無駄。兵士たちもアルテミスの命を受けて虐殺に加わるしかなく、炎の中には壮絶すぎる断末魔の合唱が絶え間なく轟くのであった。

「これが勝利の美酒ですか。なるほど、最高の旨みです」

 アルテミスの暴走はもはや誰にも止められない。最後のジュピネル人が命の炎を消し去るまで、アルテミスは血まみれになりながらも剣を振るい続けるだろう。兵士たちもトラウマに悩まされることとなるだろうが、王命には従わざるを得ず、無抵抗の市民にまで剣を振り続けた。

 

 

 

 時は少し戻って王族専用避難室。

「よし、アルティたちが攻撃を開始した。私たちも行くぞ。城の中には近衛兵が多数いるから無理はするなよ。できるだけ静かに殺せ。たとえ、それが女であっても容赦するな。騒がれたら近衛兵に包囲される可能性が強い。王族にも逃げられる可能性がある」

 南門で大騒ぎをしているアルテミスたちはいわば囮。暗殺部隊である我々の動きから目を背けさせるためのフェイクである。私は兵たちに厳重に注意を促した上で避難室から飛び出した。

 赤い城とよく褒めちぎられるほどの綺麗な造りを持つ城中の廊下。カーペットもカーテンも赤で統一された、まるで炎の宮殿のようなその場所を、私たちは武器を片手に歩いていた。目指すは王の間。我が父で国王デウシウスは、王の間の背後にある寝室にて就寝するのが常だった。絶対に逃がすつもりはない。私はそのために生き延びてきたのだから。

 ガラス窓の向こうでは火の雨が街へと降り注いでいた。その遠くから見れば綺麗な雨に兵士たちも息を呑んだ。

「早くしないとこの城の中も大騒ぎになるな。急ごう」

 率先して階段を駆け上がる私。

「何者だ?!」

 しかし、階段を上がってすぐに、静かにと言っていた私のほうが敵に見つかった。

「ちっ!!」

すかさずナイフを投げて近衛兵の首に突き刺し、さらには剣でその首を飛ばす。動脈から噴出す鮮血が荘厳な城を汚していった。

だが、迅速な対処にも拘らず、近衛兵の声を聞いて、何人もの近衛兵たちが大声を発しながら我々のところへと駆けつけてくる。手間取るわけにはいかないし、王たちに逃げる術を与えてもいけない。

すると、兵士たちが。

「アティナーデ様! ここは我らにお任せを! アティナーデ様は王の間へお急ぎください!」

 と強く気持ちの良い声を上げてきた。

「わかった! ここは頼むぞ! 絶対に死ぬんじゃない!」

 私はこの場を兵に任せてヘルメスとともに階段を上がっていった。百名近い兵士たちは揃いも揃って剣やら槍やらを手に、わずか数人の近衛兵に飛び掛っていった。近衛兵にとって、それは悪夢以外の何者でもなかったろう。瞬く間に近衛兵は屍となって、その大量の血で白い大理石の床を汚した。カーテンや彫刻にまで血は飛び散り、その酷い惨状に拍車をかけた。

「アティナーデ様のために、ここは通さぬ!」

「アティナーデ様に害するものは全て排除する!」

「ああ! アティナーデ様のためなら命も惜しまん!」

 嬉しいことを言ってくれるものだ。私が聞こえないとでも思っているのか、こいつらは。よく響く城の中、私は胸の前で手をギュッと握り締めて階段を駆け上がった。

わずか百名でも備えのないこの城を制圧することは簡単だ。しかし、数不明ながら敵がいることには違いない。できる限り、死なぬ努力はしてほしい。私はただただ一心不乱にそう祈って、あの醜悪な王のいる部屋を目指した。

「もうすぐ王の間だ。気を引き締めろよ、メイス」

「はい! アティナ様を守ります!」

 躊躇いのない、よい声をしていた。

「いい男になったな。私、ますますお前を好きになってしまいそうだ」

「え……。あ、ありがとうございます……」

「お前とは、きっと仲良くやっていけると信じてる」

ちょっと意地悪なお姉ちゃんキャラを見せ、赤面する思春期後期の十七歳を小ばかにするように笑ってみせる私。まるで弟のように可愛らしい年下のこの男に、私もいつの間にか陶酔してしまっていたようだ。

「アティナ様……。お、俺――」

「っ?! 伏せろっ!」

最後の階段間近で思わず伏せた。その際、私は彼の首を掴んで思わず階段に叩きつけてしまった。鼻をぶつけたらしく、激痛が彼を襲っただろうが、敵に気づかれないようにするため、彼は必死に手を口に添えて声を発さぬように痛みを堪えた。うむ、男だ。

「ど、どうしたんですかぁ?」

「そこの階段を駆け上がれば王の間だ。だが、いつもはいないはずの衛兵たちがいる」

「それは普通のことでしょ? 父上も寝る際には衛兵に扉を守らせていましたよ?」

「クソ親父は衛兵が怖いんだ。暗殺を恐れているからな。だから、普段は衛兵を立てずに鍵を厳重にいくつも掛けて床に就く」

「なるほど……」

「人数は二人。ということは……あのクソ親父以外に、何人か部屋の中にいるということだな。アルテミスの攻撃に気づいたかどうかはわからんが、ここは一つ、驚かせてやろうぜ」

「もぉ、子供っぽいところもあるんだから」

「いいじゃんかよ、そんな私も可愛いだろ? いいか、私は左の衛兵を。お前は右の衛兵を殺せ。弓、持ってきてるだろ?」

 そんな私にため息を零しながらも、彼は弓の弦に矢を乗せてくれた。私は私で相手が声をあげる前に首を飛ばすつもりである。相手までものの数メートル。隙を一気に突けばやれる。

 私は衛兵に察知されないように、息を殺しながら階段を上がっていった。その背後でヘルメスも矢を構えながら階段を上がる。

 南部地区の人々による断末魔の声も王城までは聞こえず、このガリレウス城はとてもとても静かであった。何階か下のフロアではグラウコーピス軍の兵士たちが制圧作戦を展開しているが、足音こそ僅かに聞こえるものの、叫び声などの類は聞こえてこない。

 殺れる!

 私は脱兎の如く階段から飛び出すと、一気に扉を守る左の近衛兵の首を飛ばした。ヘルメスも私が飛び出すと同時に矢を放ち、その矢はものの見事に右の近衛兵の喉に突き刺さった。断末魔の声さえ上がらぬようにヘルメスは喉を潰したのである。おどけた顔をしていてもやることはえげつない。でも、そんな彼も私は好きだ。

 ドッと硬い大理石の床に倒れた近衛兵二人。なんとも惨たらしい死に様だが、これも戦争だ。矢で射られるものもいれば、剣で斬られるものもいる。斧で叩き伏せられるものも、炎に焼かれるものも多種多様の末路がそこで待っている。

「絨毯の上に倒れてくれて助かったな、目立つ音はしなかった」

 血まみれの剣を拭い、綺麗な刀身に再び戻した私は、耳を王の間の扉に耳を当てる。

 中からは外の騒ぎとはかけ離れた言葉が聞こえてきた。

「やったのぉ、大勝利じゃ。サトゥルの奴ら、今頃血相を変えているじゃろうな。それもこれも、アイレスのおかげじゃ。そちの作戦には最初耳を疑ったが、流石は見事な手腕じゃ」

 絢爛豪華な宴の席がそこでは催されていた。雁首揃えるのはジュピネルの支配者たち。王族や、軍の中の最高幹部クラス、そして、貴族の中の宰相クラスが集まって酒を飲んでいた。用意された料理も莫大で、贅の極みを尽くした宴の席だった。

「はっ。そのお言葉、光栄至極に存じます」

 父の言葉に、四十を過ぎた齢のアイレスはペコリと会釈をした。国王陛下直々のほめ言葉にも全く動じないこの男に、父も声高々に下品な笑い声を上げた。

「これでサトゥルも我らが領土。しばらくは息子たちに統治を任せようと思う。フォベロスかダイモスのどちらかにも着いていってもらいたいものじゃ」

 その父の言葉に、アイレスの息子のフォベロス、ダイモス兄弟は嬉しそうにペコリと頭を下げた。別に、彼らは我が父の言葉に喜んでいるのでゃなく、アイレスが誇らしいから喜んでいるのだ。

「残党勢力も残ってるやも知れぬからな。それを存分に叩きのめしてくれ。それにしても、早くサトゥルの白姫を見てみたいものじゃな。以前会った時も美しかったが、今は更に美しく育っていよう。早くその柔肌を味わいたいのぉ」

「陛下、ご子息方の前で御戯れを」

 苦言を呈す貴族の男に、父は醜い豚の笑みを浮かべて

「冗談ではないぞ? 必ずやあやつを我が手中に収めて見せよう」

 変わってないな、我が父は……。

しかし、あのアルテミスを強引にでも娶ってみろ。その初夜に殺されるだろうな。あいつは私が予想している以上の狂犬だ。その本性には、私も腰が引けるほどだ。

全く緊張感のない声。

憎い篭る声が私の耳に聞こえてくる。あの、顔さえも見るのが嫌な父の声が、再び私の耳に入ってくる。母を妾風情と罵って迫害した奴を私は決して許さない。母のためにも、私のこれからのためにも、決して奴を許さない。今こそ、必ずや天誅を下す。

思わず力の入る手をヘルメスはそっと握ってきた。

「力を抜いてください。大丈夫、俺がついてます」

「愚か者。貴様は誰にものを言っている。私は天下に名の轟いたアティナ様だぞ? フッ、あまり舐めた口を叩いてやがると、お前の身も心も全て私のものにしてやる」

「あ、アティナ様……」

 恥らうこの男の傍、私も赤面して俯いた。だがすぐに気を取り直して

「だぁ! もう行くぞ!! ついてきやがれ、馬鹿王子!!」

「あ! お待ちください、アティナ様ぁ!!」

 決まりが悪くなり、恥ずかしさを忘れるがため、私は重厚な王の間の扉を蹴破って破壊した。蝶番が吹っ飛び、扉は音を立てて床の上に崩れ落ちる。

甘い匂いが私の鼻を突いてきた。一週間……いや、二週間ほど前に、ヘルメスとの結婚を言い渡された際の王の間とは全然雰囲気が違っていた。

 大きな部屋に、長い四角いテーブルが二つほど置かれ、それぞれに酒、肉、果実などなど豊富な食料が上っていた。乾パンやら雑草やらで過ごしてきた私にとっては、唾液がふんだんに出てきてしまうような光景だった。

また、その一室にいた凄まじい顔ぶれに息を呑む。その数、二十六名。どれもこれも見知った顔で、こいつらを皆殺しにすれば戦争が終わることはすぐにでもわかった。

「あ、アティナぁっ?!」

 いきなり扉をぶちやぶって室内へと侵入した私。突如として出現した美人聡明な女剣士に、彼らは絶叫し、まるで兵舎に上官がサプライズ訪問をしたかのように、一部を除いてダッと椅子を蹴って立ち上がった。私はその中の一番の目的に目線を向けて

「久しぶりだなぁ、クソ親父! 私は再び、ここに戻ってきたぞ!! 今日が貴様に命日となる! 覚悟しろ!!」

「まるで悪役です、アティナ様」

「メイスっ! 貴様も死にたいのか?!」

「い、いえ、冗談ですよ、冗談」

 

 

 

 

 

 


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