最終章後編 輝く未来へ 二週間戦争から十ヶ月あまりが経過した。あの戦争で受けた傷もほとんど治癒してきたタイタニア。そこに住む国民たちは、とある情報を今か今かと待っていた。 年明け早々、アフロディテがその頭の中で構築させていた無血オリンピアヌス地方再編も、工業都市アトランティスの正式加盟によって、単なる夢物語ではなく、実現に向けて大きく前進した。今現在では、アトランティスで水揚げさせら魚介類が、サトゥル、アースを経由してドラシル帝国へと流れている。その逆もしかりで、ドラシルで採れた野菜類がアース、サトゥルを経由してアトランティスへと流れていた。 そのような経済状況により、四カ国はそれぞれの国々でメリットを受け、その交流は各国大使から、国民にいたるまで活発に繰り広げられていた。また、アフロディテが睨んだとおり、サトゥル西の海洋国家プルートや、ジュピネルと盛んな国境紛争を繰り広げていたエリスなどの国家も、四カ国交易ルートに乗ろうと手を伸ばしてきている。そっちの調整に、アフロディテは精を出していた。 そして、同時にサトゥルはアルテミスによって永世中立国宣言がなされ、どの国への侵略行為にも加担しないと発表した。また、国民皆兵法案を公布。サトゥルは全ての軍隊を防衛隊と改称し、領土の自衛権のみの行使を明確にした。これは、サトゥルがどの国に対しても中立であることを明確にし、サトゥル連邦の首都とするためである。 中立国であれば、他の国も安心して大使を派遣でき、国家間協議がやりやすくなる。これもまた、アフロディテの発案によるものだ。永世中立の世界政府を真似したもので、世界政府からの特別の承認を受けている。彼らにしても、このことで国際情勢がどうなるか注目したいとのことだった。戦争が減らせるのであれば、万々歳とのこと。 この連邦制という無血国家間同盟は、全世界の注目を浴びている。領土維持、拡大のためには戦争しか知らなかった国々には衝撃を与えた。特にサトゥル連邦が属するウエスト大陸南部。アトランティスより以南の国々には衝撃だった。彼らがもし、アトランティスに手を出すようなことがあれば、アトランティス以北の国家全てを相手に戦争をしなければならないということなのである。その一大勢力を相手にすることは不可能である。 また、連邦内での戦争行為も全て禁止され、軍隊も領土自衛のための存在となった。そのため、どこかの国が他国に出兵するとなれば、他の連邦国家全てから総攻撃を受けることにもなる。それがもし、大国アトランティスやドラシルであっても、ほか全ての国家群との兵力差では劣るため、ただではすまない。 極めつけは永世中立が認められたサトゥルが攻撃された場合には、世界政府が黙ってはいないということだ。サトゥルは世界政府が承認した永世中立国で、その国への武力行為は禁止すると世界政府は通達を出している。よって、万が一にでもサトゥルが攻撃されれば世界政府への反逆になり、世界政府を相手に戦争しなければならない。 また、強いバックアップを持ったサトゥルは連邦内全ての軍隊が領土を通過することを認めないと明言した。サトゥルは東西南北への主要幹線道路が交差するため、どこかの国が、どこかの国と戦争をする場合にも、大規模兵力はこのサトゥルを通らないと東西南北の国家に進出できない。隣接している国家同士の戦争なら別の話だが、大陸を横断するようなレベルでの戦争は起き得ない。 そう。このウエスト大陸北部において、壊滅的な戦争が起こる心配はほぼ無くなった。これは、どの国の国民たちも喜び、アフロディテの名を世界に知らしめる要因になった。まだ、隣接する国家同士での争いは起こりそうなため、その対応、法案整備に彼女は苦慮しているところではある。 「アフロディテ様。次のご予定ですが、正午よりアース大使アマギ氏との会談がございます。中身については大使館で詳細をお渡しいたします」 「ええ。わかったわ。ドラシルとの主要品目関税一定化に関する状況はどうなってるの?」 「ええ。今なお交渉中です。主要品目の関税はなるべく低いほうがいいというのが向こうの言い分でして」 「少し遅れているようね。長引くようであれば、多少なりの妥協はさせなさい。主要品目の関税は多くても少なくてもよくないの。よく話し合って、両国の最善の関税を適用させて」 「はっ!」 宰相アフロディテ。彼女はほぼ半分が再建されたマーズトラス城の廊下を歩みながら、そう声を上げた。フェルセポーネを思わせるゴージャスロールヘアを弾ませつつ、装飾が散りばめられたドレスに皺を刻みながら長い廊下を歩む。その彼女の周りには、何人もの部下たちが白の礼服を着こなして取り巻くようにして歩いている。 おそらく、あのとき誓った三人の戦乙女の中で、彼女が飛びぬけて激務の渦中に身を置いているだろう。彼女はほぼ休み無く働いており、若干やつれているようにも見えるが、本人は不平不満をこぼすことなく部下たちに指示を出していた。疲れは凄まじいが、この仕事は生涯で一番楽しいらしい。 サトゥルに宰相アフロディテあり。 そう近隣諸国から言われるほど、彼女は有名になっていた。勿論、サトゥル連邦の確立がその原動力となったのだが、彼女の美貌や頭脳もまた、それに拍車をかけるに至っている。今では、各国の要人たちが息子を彼女と結婚させようと画策しているが、今はそんな場合ではないと彼女は固く拒んでいる。 「あ、フロディアさん!」 アフロディテが仏頂面で長い廊下を歩いてると、廊下の脇から手を振って、彼女の熱心なおっかけ……別の言葉でストーカーという……であるヘスティアが飛び出てきた。 「ああ、ティア。おはよう。どうしたの?」 アフロディテが歩みを止めることなく、歩きながら彼女に問いかけると、ヘスティアもまた、記者らしい顔をして彼女に 「ええ。何か新しいネタは無いかなって思いまして」 「今のところは記事にできるようなネタはないわね。私よりかはアティナのところに行った方がいいんじゃない? あっちのほうこそどうなのよ。すでに予定日ずっと過ぎてるんでしょ?」 「ええ。私も心配で昨日も行ってみたのですが、その兆候は未だないとのことです」 「はぁ。国民たちは首を長くして待っているというのに……。頼むから、最悪な結果にだけはならないでほしいわね」 アフロディテはそう言って溜息をこぼす。 「今日は午後から休暇を取ったから、終わったらアティナのところへ行ってみるわ。久しくあの顔も見ていないしね」 「そうしてあげてください。アティナ様、フロディアさんが来てくれること、待ち望んでましたよ? 貴方たちはもうこの世で最後の姉妹なんですから」 「まったく、いつまで経っても甘えん坊なんだから」 そう言いながら、アフロディテは嬉しそうな顔をして、一歩たりとも足を止めることなくヘスティアの前から去っていった。一人残される形になったヘスティアは、先程のアフロディテの言葉を一応手帳にメモとして記し、それから次のターゲットへと向かって移動する。その様はまさに記者であった。 一方、その頃。マーズトラス城最上階。 「ふう……。いい天気の中でお茶をするのはいいですねぇ」 「で、でも、いいんですか? お仕事サボってこんなところで……。アフロディテ様は休むことなく働いておいでなのですよ?」 「いいのいいの。休息もたまには必要よ?」 「休憩ばっかなのに……」 「何か言ったかしら、カリスト?」 「い、いえ!」 燦燦と太陽の光が差し込む部屋。白い壁で囲まれ、豪華な調度品の数々が置かれたその部屋で、純白のドレスを着こなした淑女が、椅子に座ってティータイムとしゃれ込んでいた。その傍に仕えるのは一人の少女。彼女はメイドとはまた違う姿でティーポットを持っていた。 「アフロディテさんのおかげで、私の仕事もハンコを押す仕事がほとんどになりましたからね。まぁ、ポンポン押せば問題ないでしょう。貴方にも手伝ってもらえば尚更です」 「あのぉ、中身をしっかりと確認した上で印を押すように、アフロディテ様から固く言い付かっているのですが……」 「いいのいいの。もし間違っても、あとで訂正すればいい話です」 「そ、それでいいのかなぁ?」 天真爛漫なサトゥルのヴァージンクィーン。見目麗しく、豊かな女性美を誇る彼女の存在は、サトゥル国民にとって大きな存在となっていた。国王として、政に口を出す機会はアフロディテのおかげで少なくなったのだが、国民たちを前に演説したり、他国の代表と謁見する際にはやはり彼女が求められ、その美しい姿に世の男女は皆々見とれた。彼女の世継ぎを望む声も出てはいるが、ヴァージンという性質が彼女の人気の一つでもあるため、結婚はまだまだ先の話になる。それに、この同性愛者は男に興味をまるで持っていない。 「それより、カリストもお茶に付き合いなさい。私ばかり飲んでいてもつまらないわ」 「え、えぇ?」 さっきからやられっぱなしのカリストという少女。彼女は王となったアルテミスの小姓として、彼女に付き従っている。 私やアフロディテがそれぞれの重要な立場につき、そっちの方面で腕を振るわなくてはならなくなった現状では、彼女を守るものが別に必要になった。そこで、アルテミスの希望の上で選抜試験が行われ、トップ合格したのがこのカリストである。歳はまだ十四歳で、出身はドラシル帝国。学問にも、武芸にも光るものがあると判断されたカリストだが、王城に入ってみるとアルテミスの玩具のようになっていた。 「はぁ。それにしても、まだ教会の鐘は鳴りませんか……」 「え、ええ。そうですね。もう予定日は当に過ぎていると言うのに……」 「何かあったのかもしれませんね。ま、まさか、母体に影響が?!」 「い、いや、そういうときはいの一番に陛下のところに一報が……」 「こうしちゃいられません! 今からアティナ様のところへ向かいます!」 「え、えぇ?! ちょ、ちょっとぉ?!」 またその頃。 「うーん。いい天気ねぇ。それにしても、おめでたの一報はまだかしら」 街に再建された世界宗教の教会。以前はほぼ大聖堂が全壊、塔が半壊状態であったが、今では大聖堂はほぼ完璧に修復され、残すは塔の再建のみとなっていた。サトゥル政府の国庫が潤ってきたことと、世界宗教ウエスト大陸本部の献金を受け、そろそろ工事が始まる予定である。 その世界宗教教会傍に設けられている貴族用の墓地。その一角にて、紫色の髪を靡かせた女が腰を下ろして二つの墓標に向けて語りかけていた。 かつて、ジュピネルの皇后として権力を所持してた紫電の戦乙女ヘラ四十四歳。修道女として教会に入門して早十ヶ月。まだ一年目だというのに、そのおしとやかな性格や、美貌、言葉に惹かれ、大勢の信仰者が連日教会にやってきて、彼女に悩みを相談していた。教会側としても、ヘラのおかげで献金が増えているため、彼女の存在を大いに感謝している。 だが誰も、まさか彼女がジュピネル皇后でデウシウスの正妻だったとは思わなかった。彼女自身も、彼女の経歴については口を閉ざしている。彼女が過去を話すのは、私やアフロディテ、そして、親友だった者たちの墓標の前のみである。 「メティシアの子だし、そんなものなのかしらねぇ」 ペシペシと、メティシアの墓標を叩きながらヘラは笑った。 「ほらほら、聞いてるのメティシアぁ。あんたのお産もこうだったじゃない? 全く、母娘揃ってやきもきさせてさぁー。予定日よりも二週間近く遅れてさぁ。ま、厳密に言えば丁度だったのかしらね?」 ヘラはそう言いながら 「ま、どっちにしろ、あの子は間違いなく貴方の子なんだからどうでもいいか」 そう言って、ヘラはメティシアの隣に立つディオネの墓標に目を向けた。 「あんたの子のほうはまだまだな感じね。このまま婚期を逃したらどうするつもりなのかしら。もうあの子も二十四よ? 早いところ相手を見つけないとお嫁にいけなくなっちゃうわ」 前途多難なディオネの娘アフロディテ。また、彼女はケラドスという立派な養父があったわけだ。ケラドスは残念ながら、タイタニア陥落時に最後まで戦い抜き、戦死していた。よって、アフロディテが婿養子を貰わなければケラドスの血筋も完全に消え果てしまうことになる。しかし、武官最高位誓いケラドスの娘が文官最高位の地位に着いているのだから不思議なものだ。 「仕事が趣味とか、恋愛の相手とかわけのわからないこと言ってるようだけど、神の御許にいるのであれば、母親として少しは責任を持って彼女を導いてあげたらどうなのよ」 そう独り言を呟くヘラ。勿論、そんな彼女に対する返事はあるはずがない。目の前にいるのに姿はおろか、声も聞こえてこないもどかしさに、ヘラは嘆声を溢す。その脳裏を過ぎるのは二十年以上前の三人の姿。三人は親友同士として毎日楽しかった。その失われた日々を懐かしみながら、ヘラは消え果た二人に声を掛け続ける。 そのときであった。 空高く、甲高い鐘の音が響き渡る。教会の塔に取り付けられた大きな鐘が、カーンカーンと心地の良い音色を奏でる。その鐘の音を聞いたとき、町中の人々はそれまでやっていた全ての行動をピタリとやめ、慌てふためいたように表へと飛び出してきた。 鐘の音は二回。それが五回に分けて鳴らされる。 「はぁはぁ! か、カリスト、この音色は?!」 「全部で十の鐘の音! ええ、そのとおりです!」 「ならば、急ぎますよ!!」 人々が表で空を見上げる中、白いロングヘアをツインテールに、白いドレスを黒いフリルのワンピースに変えたアルテミスと、服装変わらぬカリストが疾走する。アルテミスは精一杯の変装をしたつもりで街娘を装ってはいるが、すでに顔は知れ渡っている。 「あ、アルテミス様っ?!」 「ど、どうなさったのですか、その格好?!」 と、彼女の存在に気づいた民たちは慌てて跪く。 「ごめんなさい! 今は私、アルテミスではありません!! アルティですわぁ!」 止まることができないので、アルテミスは馬鹿な発言を残して、跪く民たちの前から走り去っていった。だが、その行き先を見れば、彼女の目的地は自ずと判断できる。民たちは揃ってざわめき立ち 「あの慌てよう……。間違いない! あの鐘の音は!」 「ああ、ようやく……」 「急いで町中に知らせろ!! 最高の号外だ!」 サトゥルの人々はお祭り騒ぎにも似た様相で町中を駆け抜けた。 その傍を馬車が一台通過する。その煌びやかな馬車の中にいたのは宰相アフロディテ。部下二人とともに向かい合って座りつつ、彼女は窓の外の光景を眺めていた。その金色の目には、喜びに沸き返る人々の姿が映っていた。 「今の鐘の音……」 「ええ。おそらく、アティナーデ様のことかと……」 部下がわかりきったことを提言する。 「…………」 すると、アフロディテは手すりに肘を付け、頬杖を死ながら 「そぉ……。ねぇ、次の予定のアマギ大使との会見……なんだけど」 「はい。すでに準備はできております」 「……サボる」 「はい?」 部下がそう言った瞬間であった。アフロディテは走る馬車の扉を開くと、何を思ったのか飛び降りた。速度はそれなりに出てはいるが、流石は元暗殺部隊隊長。昔取った杵柄が幸いし、彼女は宙返りをしつつ無事にタイルの道にヒールの底をつけた。 「ちょ?!」 部下たちが驚いて顔を馬車から出したときには、すでにアフロディテの姿は民衆の中に消えてしまっていた。 「ど、どうするよ」 「どうするって……そりゃまぁ、大使に報告しなきゃ」 「土下座必須だな」 部下たちは嘆声をこぼしつつ、馬車の扉を閉め、一応、アマギ大使の待つアース大使館へと向かって進路を取った。その胸中では、国際問題にならないことを切に祈って。 また、その頃。 タイタニア南西部の庶民たちの居住区域。その中に国立総合病院はあった。 その病院はアフロディテの指示の下で設立され、王族から庶民にいたるまでが収容される大病院であった。それに加え、ドラシル、アトランティスから有能な医師を招き、サトゥルはおろかジュピネル、アース、エリスといった学問が遅れている国々の医師の育成にも力を入れているものである。その大学病院という新しい機関設立はやはり周辺諸国の注目を浴びた。この制度は、コスモ……いわゆる世界政府内部にある制度だという。それすら知っていたアフロディテには誰も彼も頭が下がった。 何はともあれ、おかげで医療に対する熟練度はどんどん上がっており、ドラシル、アトランティスの医師たちもそれぞれが交流し、切磋琢磨し、新しい医術の確立へと汗を流していた。似たような大学病院がサトゥル連邦各国に設けられ、留学生制度も確立しつつあった。 その大学病院内部、王族専用病棟。 「はぁ……はぁ……」 白いベッドの上に横たわっていた私アティナーデは、汗だくの額を光らせながら、大きく息をしていた。すると、そっと私の額や頬にハンカチが宛がわれ、汗を吸い取られる。 「ありがと……はぁはぁ……メイス……」 「いえいえ。貴方が激痛に苦しむ中、俺は傍で手を握っているしかできませんでしたし、これぐらいはさせてください」 「はぁはぁ……貴方が握ってくれてたおかげで、とても心強かったよ?」 私は愛する夫に精一杯の笑みを見せた。だが、体力の消耗は凄まじいもので、私は何分経っても息の調子を整えることができなかった。まだ、後のものも出てきていない。まだまだ予断を許さない状態である。 「フフ。でも、よかったぁ。はぁはぁ……サトゥル王家の跡継ぎにふさわしい男の子で」 「ええ。きっと天で父も母もお喜びになられているでしょう。ありがとうございます、アティナ様」 ヘルメスはとてもとても嬉しそうに、私の手をそっと握りながら笑ってくれた。私もその彼の笑みににこやかな笑みを返し、幸せで暖かくなっている胸の中の感覚を味わう。 そう、私はついさっき、母になったのだ。 生まれたのはサトゥル王の後継者となれるだろう男の子。今は看護師たちによって、別部屋にて、産湯で体を洗われている。いつ後産が来るかわからないので予断を許さない状況ではある。この後産が原因で死亡する女も多く、気を抜いてはいけないと言われていた。 でも、それでも私は喜びに胸を躍らせずにはいられなかった。私と、愛する人との間に生まれた新しい命がこうして誕生したのである。それはそれは、人生最高の喜びであった。 「メイス……私、まだまだ満足してないからね? もっともっと、私は子供欲しい」 「も、もぉ……お盛んなアティナ様なんだから」 「うーるーさーいぃー。貴方だって、まるで獣のように私を襲うくせによく言うよぉ。大体、気に入らないわ。ヘラなんかに筆下ろしされて、その同日に私に襲い掛かってくるんだもの。どんだけ性欲旺盛なのよ、この種馬」 「うぅぅ」 「そして、あのババアにどんな変態プレイの数々を教わってきたのよ、エロガキが」 「そ、それはヘラさんが、女は絶対に喜ぶからって! あ、アティナ様だって……」 「う、うるさいうるさいうるさーい!! いい?! そう言う話はお姉様やアルティ、ティアたちの前では絶対禁句だからね?! 絶対絶対禁句だからね?!」 「わ、わかってますよ……。俺だってからかわれたくないし……」 うろたえるヘルメスに対し、私は頬を膨らませてそっぽを向く。 「アティナ様ってほんと俺といるときは子供ですよね。初対面の頃の貴方はどこに行ってしまったのか……」 「なぁに? あの頃の私に戻ってビシバシしごいてほしいの?」 「い、いえいえ。決してそういうわけでは」 「じゃあ言わないでよ。私はこの私が本当の私なんだから」 「それが信じられないんですよねぇ。二重人格にしか見えない」 「むぅぅ」 私は苦虫を噛み潰したかのような顔をしてヘルメスを睨んだ。まったく、このガキには良く弄ばれるようになってしまったものである。彼に甘えてしまっている現状では、仕方が無いといえば仕方が無いが、まるで妹を苛めるような感覚で、彼は私をからかうのだ。私のほうが二歳も年上なのに……。 「あ!! こ、これはこれは陛下!! そ、それに宰相様もっ?!」 「は、はい! アティナーデ様は今病室にて休まれております!!」 私が悔しそうな顔をしていると、俄かに病室の外が騒がしくなってくる。看護師らしい女たちの声が聞こえてきたのだが、陛下、宰相と聞けば対象は奴らしかおるまい。 「アルテミス様! ここは姉である私アフロディテが先に入らせていただきます!」 「いいえ! アティナ様はサトゥル王家の人間です! 私が先に入らせていただきます!」 「何をおっしゃいますか!! それに、貴方、公務はどうしたのですか?!」 「わ、私は全て公務を終わらせてやってきたのです!! 大体、アフロディテさんこそアマギ大使との会談はどうしたのです?!」 ぎゃあぎゃあと煩い奴らだ。ここは病院だぞ? 「……メイス、すまないが」 「は、はいはい……」 私がヘルメスに頼むと、彼は頭を抱えながら病室の扉を開けた。すると、街娘のような格好をしたアルテミスと、煌びやかなドレスに身を包んだアフロディテの姿が、いがみ合う格好で目に飛び込んできた。まったく、このバカどもは。 「おい、アルティ! お姉様! 病室で騒ぐんじゃねぇよ!」 ヘルメスにとって、久しぶりに聞く男口調の私の言葉であろう。 「だ、だってだってアティナ様!! このアフロのお姉さんが私の道を阻むから!」 「誰がアフロのお姉さんですか?! 公務を投げ出した陛下の身勝手さを正しているのではないですか!!」 「あ、貴方だって公務を投げ出してきたんでしょ?!」 「役目を委譲してきたといって欲しいですね!! 貴方は引継ぎをしてきたんですか?!」 「うぐっ……な、何をしているのです! カリスト! 早く城に戻り公務の続きを!!」 「ふぇ?!」 アルテミスの無茶振りに、傍仕えのカリストは涙目で驚いた。 「王印を押せるのは王だけですよ!! 可愛いカリストを巻き込まないでください!!」 ぎゃあぎゃあと煩いバカどもだ。 「メイス」 「はい?」 「私の剣をもってこい」 「いやいやいや……」 「いいんだ。こいつらは私が死んでもいいと思ってる。だからこそ、私に剣を振らせたいんだ。後産も下りてこない危険な私に剣を振らせ、重篤にし、そのまま死なせようと考えてるんだ。ああ、最低だ。ほんと、クズな王と下種な姉だよ」 「ああ、なるほど」 ヘルメスがぽんと手を叩いてチラリとアルテミス、アフロディテのほうに目を向けると、先程まで言い争っていた二人は揃って病室の床に土下座をしていた。 「ごめんなさい、アティナ様」 「お姉ちゃんを許してください、妹よ」 ったく。 「病室では静かにしてください。他の人にも迷惑です」 「「おっしゃるとおりです」」 ……あ、そろそろ。 「メイス、度々すまないが先生を呼んでくれ。後産が始まりそうだ」 「ええ。わかりました」 怒ったからだろうか。私のお腹に違和感が宿る。 ヘルメスはすぐに病室から飛び出すと、通りがかった看護師を呼び寄せ、医師に来てもらうように頼んだ。医師は別室で私が産み落とした赤子の健康状態をチェックしており、看護師の声を聞くとすぐに速やかに私の病室へと駆けつけてくれた。その間、ヘルメスはおろか、アルテミス、アフロディテの二人も病室から追い出される。というのも、後産で出てくるのは胎盤と呼ばれる臓器で、見た目がエグい上に、血を大量に含んでいるため、触穢という意味でもあまりよろしくなかった。 後産自体は流れ作業のような形で進み、危惧されていた私への影響もなかった。万事予定通りの流れで出産はそれでおしまいとなり、私はしばしの間の静養を言い付かった。 まぁ、それはいい。私を担当してくれた医師、看護師はこの病院でも指よりの凄腕で、ベテランであったのだから。問題はそれからである。 「アティナーデ様、お世継ぎ様ですよ?」 そう言って私の部屋に入ってくる看護師。その胸の中ではタオルケットに包まれてスヤスヤ寝入っている私の子供の姿があった。まだ疎らではあるが、赤い髪がちょこっと見えている。 「ああ、ありが――」 「きゃあ! この子がアティナ様のお子なのですねぇ?!」 「うわぁ、可愛いぃ! ちょー可愛いぃ!」 「…………」 さっさと帰れバカども。 静養が必要とついさっき言われたばかりの私の病室にて、アルテミス、アフロディテ両名は大興奮した様子で私の子供の顔を覗き込んでいる。ヘルメスもまた、自分の息子となる子供が気になる様子で、姉と、義理の姉の背後から背伸びして看護師の胸元を見ていた。 「……はぁ」 私はおもむろに窓へと目線をやる。空は青く澄み渡り、雄大な雲が静かに流れていく。 「母上。まぁ、なんというか、私、母になりました」 ボソッと呟く。 「母上がしてくれたように、私もまた、あの子を愛して見せます。どうか、心配しないで見守っていてください」 ホロリと涙を一粒溢しながら、私は空に向けて誓った。 正直、母には生きていて欲しかった。一目でいいから、あの子を見て欲しかった。あの子の教育について私に色々と教授してほしかった。 なぜだろう。これまで考えたこともなかった考えが頭の中を駆け巡り、それは悲しみとなって私の頬を伝っていく。 母を失ってもう十年になる。もう母の顔もはっきりと思い出すことはできない。絵も、写真も残っていない今、私にとっておぼろげな母の顔を思い返すことしかできない。このまま年月が経てば、きっとぼんやりとしか思い出せなくなるだろう。 それがたまらなく悲しくもあった。 「はろろーん! ようやく生まれたんですってねぇ!!」 私が一人悲しみにくれていると、病室にハイテンションな声が響く。まだまだ元気元気でどうしようもなく変態な、私の母の親友であった女のそれを聞き、私はゴシゴシと目を擦った。 「病室では静かにしろよ」 と、私が白々しい視線を向けながら言うと、病室に入ってきた彼女は笑顔を浮かべ 「うん! だから静かめよぉ!」 「いやいやいや」 シスター姿のヘラは嬉しそうな声を上げながら、三人に取り囲まれた看護師のほうに目を向ける。 「ヘラさん、是非見てください! アティナ様のお子ですよ!」 アルテミスがぴょんぴょん跳ねながらヘラを呼び寄せる。 「ああ、あとで是非見せてもらうわ。それよりも、今はアティナちゃんに用があるの。あとフロディアちゃんにも」 「え?」 いきなり名指しされてアフロディテは戸惑いの顔を浮かべる。が、とりあえず、ヘラに従って、私のベッド脇に経つと椅子に腰を下ろした。そのときに気づいたのだが、同じく腰を下ろすヘラの手に封筒が握られていた。 「ヘラ、その封筒は?」 「ああこれ? アティナちゃんが出産したときに渡そうと思ってさ。前もってヘスティアちゃんにお願いして探してもらってたのよ。出産祝いって奴ね。フロディアちゃんのほうは、毎日頑張ってくれているからご褒美」 ヘラはそう言うと、封筒の封を開け、中から煌びやかな台紙で挟まれた本のようなものを取り出して見せた。 「はい。こっちの赤いのはアティナちゃんに。こっちの黄色いのはフロディアちゃんに」 二冊あったそれぞれの本を、彼女は私と、アフロディテに対して手渡す。私はどうせ変なものだろうと高をくくりながらそれを受け取ったのだが、先に本を開いたアフロディテはその動作をピタリと止める。 「ヘラさん、これって……」 「ええ。運よく残ってたものよ」 ん? 私も受け取った本を開いて見る。中には写真が三枚ほど入っていた。そして、それがなんだか私にはよくわかる。 一枚目……生まれたての私を抱いて微笑むメティシア。 二枚目……ヘラ、メティシア、そしてもう一人、金髪のショートカットの女性と肩を組んで笑顔を溢している写真。全員が鎧を着こなしており、おそらくは戦勝記念として撮影されたものであろう。 三枚目……アイレス、メティシア、幼い私、少年姿のフォベロスとダイモスの並んだ写真。そういえば、そんなこともあったっけ。三歳を迎えた私の、ささやかなお祝いだった。 「ヘラ……これって!」 「ええ。私がずっと保管してたものよ? ガリレウス城が燃えちゃったから、残ってるとしたら新聞社ぐらいかなって思って……。ヘスティアちゃんに無理を言ってジュピネルまで赴いてもらって、あっちの新聞社資料を探してもらったのよ。その三枚はどれも新聞記事で使われたものだし」 私は驚きを隠せなかった。 「まぁ、王族からは疎まれたとしても、メティシアは紅玉の戦乙女として庶民の中では人気だったからね。貴方の出産や、成長記録なんかは特に庶民は気にしてたりしたのよ」 「……そうだったのか。私を愛してくれたのは……母だけでは」 「ええ。皆、貴方の成長を心待ちにしていたものよ」 私は思わず顔を歪め、目を押さえてしまう。 「そんな人たちを……私は……」 「気に病むことはないわ。理由、経緯はどうあれ、戦争を始めたのはジュピネル側。貴方は国を守るためにこれを滅ぼした。それだけ。誰も責めはしないし、怒りもしないわ。それに、今は素晴らしい時代になってきたじゃない。この時代を作るために、あの戦争があったのだとしたら、誰も文句は言えないよ。だって、大陸中の人々が戦争の影に怯えず、幸せに暮らしているんですもの」 ヘラはそう言うと、俯いた私の傍に腰を移動させ、泣きじゃくる私の体をそっと抱きしめる。 「ほら。落ち着くまで私の胸使っていいから」 「うっぐ……ごめん……ヘラっ……」 「私こそごめんなさい。メティシアを守ろうと思えば守れたのに……。貴方が生まれてから私がデウシウスに提言して居住場所を変えてもらってれば……少なくとも病気には」 「そこは気にしないでくれ、ヘラ……。母は貴方を怨んじゃいないよ。母を不幸にしたのはクソ親父ただ一人。アイレスも、貴方も、母を想ってくれていたじゃないか。それだけで、私は嬉しい」 「ありがとう」 ヘラはにこやかに微笑み、私の頭を優しく撫でてくれる。その傍ら、同じように本を受け取ったアフロディテは、私とは違って食い入るように、それに視線を落としている。その本の中には、四枚の写真があった。 一枚目……金色の具足に身を包んで威風堂々と立つディオネの姿。 二枚目……馬に跨り、巨大な大剣を肩に背負って出陣するディオネの姿。 三枚目……メティシア、ディオネ、ヘラの三人が並んで立つ姿。 四枚目……部屋の片隅で本を読むディオネの姿。 「これが……私のお母さん……」 ようやく声を発したのは、数分後のことだった。 「ええ。フフ、髪型は全然違うけど、顔かたちは貴方にそっくりね。エリスとの国境紛争で活躍した頃の写真よ? 貴方を孕む一年ほど前ぐらいかしらね」 「…………」 アフロディテはぎゅっと、その写真を豊満な胸で抱き込む。 「ようやく……ようやく顔を知ることができました。母上っ……」 アフロディテは泣いた。彼女が泣く姿を見るのは、随分と久しぶりだ。 普段は私やアルテミスのお姉さん分として、しっかりした姿ばかりを見せてきた。私もそんな彼女に甘え、または目標としてきた。だが、彼女は誰に甘えればよかったのだろう。彼女の家族は全てあの戦争で消え果てしまったのだ。彼女は私だけが唯一の血縁者であり家族。だが、私はヘルメスやアルテミスとともにいるため、彼女と一緒にいられる時間はほとんどなかった。 私は、そのときのアフロディテの涙が、家族への甘えたい気持ちの具現化だと感じた。 「お姉様……」 「うっぐ……ごめんね……ぐすっ……人前で泣いちゃって、年甲斐も無く」 「いいえ。あの……お姉様、私は貴方の最後の家族です。何か悩みとか、辛さとありましたら、いつでも頼ってください。心の支えぐらいにはなれると思います」 正直、完璧人間の彼女にできることは、聞き役になることぐらいだろう。母を越える前に、もう一人、私は是が非でも越えたい人ができてしまった。 「いい姉妹ね。ハディスもここにいたらよかったのに」 と、溢すヘラの顔が、どこか悲しげであった。彼女もまた、大切な子供を戦争で失った。彼女が愛すべき家族はもういない。だが 「ヘラ……。相談があるんだけど、いいかな?」 「ん? アティナちゃんが私に? 珍しいわね」 「その……貴方さえよければ私たち姉妹の母に成ってくれないか?」 「……はい?」 私が上目遣いでヘラに言うと、ヘラは一瞬、真顔でキョトンとしていた。 「その……私には子育てと言うものがわからないんだ。貴方なら、ハディスを育てたわけだし、メティシアの私に対する育児もある程度のことは聞いているだろ? だから、私の母となって、あの子の育児を手伝って欲しいんだ。そうすれば、お姉様が甘えられる相手もできるわけだし……」 「…………」 ヘラは何て返していいのか分からない様子だった。当たり前だ。いきなり母親になって欲しいと頼まれて、誰が冷静でいられるものか。泣いてたアフロディテも驚き、その向こうで赤子の顔を見ていたアルテミス、ヘルメスも耳を疑う素振りを見せて振り返っていた。 「……アティナちゃん」 「なんだ?」 「私は、この国を滅ぼそうとしたデウシウスの正妻だった女よ? 貴方や、アフロディテちゃんを殺そうとしていた女よ? 娘を殺そうとする母親がどこにいるの?」 「それは紫電の戦乙女の話だ。今ここにいるのはただのシスターヘラじゃないか。貴方の姿を一年間ずっと見てきて、貴方ならと確信したんだよ」 「…………」 私は窓の外に顔を向ける。恥ずかしい。けど。 「私は……貴方に甘えたいんだ。貴方はアイレスと同じくらいに私を想ってくれていたから。情けない話だけどさ、やっぱり私は……まだまだ子供なんだよ。貴方に胸を借りるだけで、心があったかくなるんだ。母を失った十年間。そのぽっかり開いた穴を埋めるために、私は誰かに思いっきり甘えたいんだと思う」 「アティナちゃん……」 「でも覚悟しておいてほしい。私やお姉様は、ハディスとは違い、手がかかるぞ? なにせ、甘えん坊だから」 私がニッと笑って顔を向けると、ヘラは思わず口を手で覆い、皆に見えないように背中を向ける。すると、そんなヘラに対してアフロディテがニヤニヤしながら 「そうそう。私もアティナも酷い甘えん坊だからねぇ、お母様?」 「特にじゃじゃ馬なお姉様はね」 「ちょっとアティナぁ、それはどういう意味なのかしらぁ?」 「いやいやぁ、そのまんまの意味で捉えてくれればいいですよぉ?」 「ほほぉ」 ピクピクと頬を引きつらせるアフロディテに、私はクスクス笑ってみせる。 「もぉ。喧嘩しないの。まったく、本当に手がかかりそうな子達だわ」 クルリと回り、目をゴシゴシ擦りながらヘラが笑って言う。 「だってお母様、アティナが私を馬鹿にするから」 「いやいやぁ、バカにはしてませんよぉ? 事実を述べただけです」 「はいはい。喧嘩はしないの。まったく、二十歳越えてくだらない喧嘩しないの」 ヘラは満足そうな顔をしてパンパンと手を叩く。 「「はぁーい、お母様」」 私たち姉妹が同時に言うと、ヘラは嬉し涙をホロリと溢して 「まったくもぉ、この子達は本当に」 ヘラは確信した。 ああ、この子達の母となるために、あの世から送り返されたんだ、と。 アフロディテの毒を受けて死ななかったヘラ。自分の役目は、不幸の果てに死去した二人の戦友の代わりに、私たち姉妹を支えることなのだろうと、彼女は思った。そして、彼女は胸の中で誓う。 (何があっても、私はこの子達を守る。守ってみせる。三色の戦乙女最後の一人として) 笑顔を浮かべるヘラはクルリとターンすると、笑顔のアルテミス、ヘルメス、カリストを見渡し、最後に看護師の胸に抱かれている赤子へと目線を落とす。 「可愛い」 「でしょでしょぉ? もうラブリーで困っちゃますよぉ!」 興奮しすぎだ、アルテミス。 「なるほど。そういえば、この子は男の子なのよね。将来、アルテミス様と結婚したりして」 と、ヘラが冗談めいた言葉を言うと、アルテミスは一瞬ドキッとして、チラリと赤ん坊のほうを見る。おいおい、マジか? 「おい、それだけは許さんぞ! その子が成人する頃にはアルテミスはおばさん年代じゃねぇーか!! 私が認めた相手じゃなければ、結婚なんかさせるかぁ!」 「ま、まるでお父さんね、アティナ……」 アフロディテが苦笑顔で言う横、私は牙をむき出しにしてアルテミスを威嚇する。 「わかってますよぉ、アティナ様。私のお婿さんは、貴方だけです」 「じょ、冗談じゃねぇ!! そ、そうだ、お母様! こういうときこそ母の名の許にビシッと言ってやってください!!」 「んー? 別にいいんじゃないの? 同性愛はジュピネルでも一般的よ?」 「んなぁ?!」 相談する相手を間違えたぁー!! 「ですよね! ですよね! お母様、是非アティナーデ様との結婚をお許しください」 「うん、許可」 「許可すんじゃねぇええ!!」 おぎゃあああ!! おぎゃああああ!! 「ああ、アティナ様が怖い顔して叫ぶから、赤ちゃんが……」 「私のせいかよ!! てめぇのせいだろうがぁ!!」 おぎゃあああ!! おぎゃああああ!! 「ヘルメス様の血も入っているので、ひょっとしたら臆病なのかもしれませんね」 「き、きっついこと言わないでよ、カリスト」 「フフ。そうですね」 泣き喚く赤ん坊の声をBGMに私たちはそれぞれの言葉を展開する。まさに平和そのものであった。終末的な戦争によってサトゥル、ジュピネルは大きく乱れ、破滅していった。だが、こうして新しい時代を迎えられたことは素直に喜ぶべきであろう。あの戦いで死んでいった多くの者たちのためにも、これからの時代は幸せの光に包まれたような世界でなくてはならない。その世界を維持していくための人々がこの場に集まっている。 「これから大変な育児が待っていそうね、アティナ。まぁ、政治のほうは私がやっておくから貴方は心行くまで育児に励んで頂戴よ」 金玉の戦乙女ディオネが一子アフロディテ。 「アティナ様と私の子はどのようになるんでしょうかね! ね!」 前サトゥル王クロノスが一子にして、現サトゥル国王アルテミス。 「あ、あのね、姉様。言いにくいんだけど、女の人同士で赤ん坊は作れないよ?」 前サトゥル王クロノスが一子にして、軍令部所属参謀。そして、私の夫ヘルメス。 「あらあら。なら、貴方の子種をアルテミス様に注いで――」 元ジュピネル王デウシウスが正妻にして、三色の戦乙女最後の一人、紫電の戦乙女ヘラ。 どれもこれも、一癖も二癖もあるような連中だけれども、私はそんな彼女らが愛しい。 「お母様! バカなこと言ってないで、アルテミスを止めてください!! お願いします!!」 母上、天から是非見守っていてください。 貴方が守ろうとしてくれた幼子は、大勢の人々に支えられながら、いつかきっと、貴方を越えて見せます。そのときまでは私は紅玉の剣士と名乗り続けることに致しましょう。やがてきっと、二代目紅玉の戦乙女となってみせます。 そして、またどうか、この時代に生まれてきてください。平和で幸せな、この新しい時代が包み込むサトゥルの地に。 「あら? この子の胸のとこに蝶のアザがありますね」 「え? それ本当、アルテミス様?」 「ん? どうかしたんですかヘラさん?」 「あ、いえ……。メティシアの胸にもそんなアザがあったから」 「あらあら」 今度はきっと、私が貴方をお守りします。貴方が私にしてくれたように……。
戦乙女物語 終 |
||||||||||||
|