全ての始まりは虫たちの合唱団が、寝るのさえも躊躇わせるほどの混声合唱をしていたときだった。そのとき、私はガリレウス城と呼ばれる、鶴が羽を広げたような姿に見える城の中は玉座の前にいた。宝玉と金を、惜しむという言葉も忘れたかと思わせられるほどの絢爛豪華な椅子に腰を下ろし、無作法に足を組んだ中年男の前で跪いていた。

「第三王女アティナーデ。そなたを呼び寄せたのはほかでもない」

篭った声だ。聞くに堪えない声が私の耳に入ってくる。顔を上げることさえ馬鹿ばかしい。私はただひたすらに赤いカーペットに視線を向けていた。

 玉座の周りには大勢の貴族や軍幹部たちが雁首を揃えているが知ったことではない。

「そなたはもう嫁入りを迎えてもいい年頃じゃ。よって、サトゥルとの友好のため、そなたにはサトゥル国の人間の許へ嫁入りをしてもらう。両国の友好のために了承してくれ。我が娘よ」

「はっ。仰せのままに致しましょう。陛下のため、身命を尽くします」

私は抑揚のない声を上げた。

この当時、私の生まれ育った国ジュピネルは隣国サトゥルと好ましくない外交状態にあった。

国土面積はほぼ同じ、どちらも基本は農業によって国内を潤してきた。信じる宗教も同一で、歴史を辿ればわずか百年前までは一つの国家としてあった。しかし、政治派閥、民族主義の相違によっての内乱で九十年前に二つに分かれ、新たな歴史が始まった。

世界的に見れば、両国は友好的に付き合ってはいる。が、国境となっている大河エリダヌスの両岸には背の高い柵が設けられ、国境警備兵たちが毎日毎日忙しなく行き来している。両国を結ぶ三つの橋では出入国のチェックが厳正になり、大金を支払わねば隣の国には行くことができなかった。よって、一般市民が両国を行き交うことはなく、金のある商人もしくは、役人のみが両国の間を行き来している。

その果てなく続く緊張状態を緩和するため、先日十九歳になったばかりの私、アティナーデこと、アティナが西の国サトゥルの高貴な御方と政略結婚することになったのである。まぁ、色々な理由から、この国を良しと思っていない私だ。適役なのだろう。

「ふぅ。やれやれだよ、ったくもぉ」

父の前より去った私は、人の気配もない廊下を通って自室に戻り、身に纏っていた赤と金色の鎧を脱ぎ捨てた。それからスカートやらシャツやらを脱ぎ捨て、下着のみとなって姿身の鏡の前に立つ。

私の体は細身といえば細身であった。母性の現れとされる胸はあるほうで、ドレスを着る際にはパットなど使用する必要は無い。日夜、軍を率いて訓練に明け暮れているため、体はほどよく引き締まっている。

「不幸なものだな。こんな我の強い私を嫁にする男がいるなんて」

私の相手のことなど知らない、知るわけがない、知るつもりもない。おそらく、隣国の公卿の人間だろう。一夫一婦制という方針を取るサトゥルにおいて、唯一の妻となる女が、私のような腕っ節だけの軍人になってしまう運命にある奴に、ほとほと同情するよ。

紅玉(こうぎょく)の剣士、真紅の戦乙女などなどと謡われ、千二百人の部下を引き連れてきた私だ。剣の腕にも並々ではない自信はある。それに引き換え、女らしいことなどほとんどできはしない。さらには夫婦喧嘩ともなれば地獄を見るのは我が旦那のほうだ。

私は鏡に映る自分の顔を見ながら、冷笑した。真っ赤に輝くポニーテールを解き、ハラリと落ちる髪を首や背骨を動かして払った。

「とうとう、この日が来たのね」

「ああ」

 私は、顔を向けることなく背後より声を掛けてくる女に対し、そっけなく返す。

「寂しくなるわね。あの子の娘がいなくなるなんて」

「私は寂しくは無いけどな。むしろ、あんたの魔の手から逃れられるから嬉しいぜ」

「そう。ちぇ」

「長生きしろよ、紫電の戦乙女様。三色で残ってんのはお前だけなんだしさ」

「ええ。わかったわ」

 女はそう言うと、その紫色の髪を靡かせて部屋から出て行った。その後姿を、私は姿見の鏡越しに見つつ、黙って見送った。

 

 

 

 

東の隣国サトゥル国境付近。

私、アティナがサトゥルの都に上洛するべく、越境したのはその二週間後の事である。

レッドバード城ことガリレウス城を出発する直前になって知らされたことなのだが、私を娶ることになった可哀想な男は、サトゥル国王クロノスの四番目の子であるヘルメス一七歳。私とは正反対の、気弱で非力な男ということだ。全く、父も何を考えているのやら。

透き通る雄大な川の隣を、私の乗る馬車は進んでいく。大小様々な石が転がる道上を車輪が通るたびに私は舌を噛んだ。私は馬車が嫌いだ。このままでは、馬車のせいで舌を食いちぎって死んでしまいそう。まぁ、そうなれば嫁ぐ前に自殺したとして世界的に見てジュピネルの権威は失墜するだろう。

「しかし、姫君の御輿入れだというのにカブリオレとはな。従者もなしで御者一人かよ。あぁーあ、暗殺臭がプンプンするよ」

赤髪の裏に手を回して背筋を反らす私がチラリと御者を見ると、手綱を握るその御者の手は小刻みに震えていた。私は鼻で笑って周囲に目をやる。左側は川、右側は草原だ。草の丈は胸ぐらいまではあるだろうか、伏せて矢を放つには絶好の状態だ。無風かつ、私は一人。集団で一斉に放てばまず避けられまい。

ガタガタと車輪による振動に体を小刻みに揺らされながらも、私は草原にあるであろうおかしなところを見つけるべく鷹の目で探った。それと同時に御者にも注意を向けた。おそらく、矢が放たれる前に御者は何らかの行動を起こす。御者台から逃げたり、このカブリオレを止めたり、見定めるポイントは幾らでもあろう。

私は戦闘に備えて身に着けた鎧を気取られぬように屈みながら強く締めた。矢を避けきった場合、切り込んでくるのは間違いない。人数にもよるが私は十人程度では負けないつもりだった。それが私、紅玉の剣士アティナの実力だ。

清らかな川のせせらぎやら、草の擦れあう音やら、せっかくの雄大な自然の中で聞いておきたい音は山ほどあるのだが、そのような隙を見せれば相手方の思う壺だ。ほんの寸陰、気を許せば確実に獲られる。

なぜ、私を同郷の者が殺すのか。

そんなの目の前にある川が、海かどうか尋ねられたようなものだ。私が殺されれば、ジュピネル国王の我が父は、声高々にサトゥルでのジュピネル王女の暗殺を宣言し、同盟国と共に、サトゥルを攻め滅ぼすことができる。あの傲慢な父のことだ、サトゥルでも白美で有名な第二王女でも狙っているだろう。あの駄馬の癖に種馬になったような父は美人を見れば種をつけた。その中で生まれた一人が私である。母は上級軍人の娘で二十歳だった。

母はメティシアと言った。女ながらも紅玉の戦乙女と恐れられ、大勢の部下を率いる将軍だった。見目麗しく、大勢の男たちが彼女を得ようと画策したが、彼女は全ての縁談を断った。かなりの好待遇での話もあったのだが、どういうわけか彼女は首を縦に振らなかった。

誰が紅玉の戦乙女を得ることになるのか、城内はその話題で持ちきりであったという。

しかし、その断りも国王である我が父の前では無力であった。偶然、社交パーティで父に見初められた彼女は、強引に父のモノとなった。そして生まれたのが私である。

だが、母は私を疎まなかった。恥辱と不幸の結晶である私を、母はとてもとても愛してくれた。笑顔を絶やさず、私に歌や剣を教えてくれ、ときには一緒に出かけたりしてとても楽しかった。

しかし、現実では私が生まれてしまったことで、母は国王お手付けの妾という烙印を押された。よって、父に捨てられても誰の元にも嫁げなくなっていた。

紅玉の戦乙女と詠われ、貴族や軍人たちが揃いも揃って色目を向けた我が母の栄光は失墜し、彼女は私と共に、城の片隅のボロ小屋で生活することになってしまった。その不衛生な環境が祟ったのだろう。彼女は私が十歳になる前に死んだ。

私は母の人生を滅茶苦茶にした父が憎かった。どうにかしてあの汚らわしい悪魔を殺せぬものか。常日頃から画策していた。そんな中で飛び込んできたのがこの縁談である。

私は密かにこのサトゥルを利用するつもりでいた。

あの傲慢な父に、あのふざけた国王に、鉄槌を下せるチャンスがやってきたのだ。我の強い私が、なんの抵抗も無くやすやすと嫁ぐことにしたのは、あの肥えた豚の首を自らで奪うため。だからこそ、この場所で死ぬわけには行かない。例え、腕や足を奪われるようなことになっても、命ある限り、父の命を、あの国の命運を奪って見せよう。

「ああ……きっと」

相手の出方を伺うため、私が目を瞑っていると、突然に馬車が進むのを止めた。

 私が目を開けて、雄大な空から真正面へと視線を向けると、三百メートルほど先だろうか。うっすらぼやけた、蜃気楼のような大軍を見つけたのだ。

そよ風に翻る白を基調とした布地。そして、五列縦隊で進んでくる進軍形式。間違いなく、サトゥルの軍団だ。暗殺集団の変装とも考えられるが、その先頭にいる人間には見覚えがあった。忘れたくても忘れられない、天真爛漫なバカ者の姿だ。

「御者。進め」

私が震えている御者に命ずると、彼は挙動不審の状態で、中々手綱を操ろうとはしなかった。梃でも動きそうにない御者に愛想を尽かし、私がカブリオレより飛び降りると、剣を腰に差し、グレーに白線一本の入ったスカートを揺らしながら、その一団のほうへ歩みを進めた。

「お、お待ちください! アティナーデ様!」

「お前はもう帰れ。尻の痛いカブリオレなど私には我慢できん。父君に何事もなく長生きなさるようにお伝えしろ」

 そう、私が殺すまで。

 ギュッと拳を握り締める私の背後、御者はまるで足枷の外れた獣のようにとんでもない速さで逃げ出していった。しかし、あのおんぼろカブリオレだ。五キロも走ればぶっ壊れるのが関の山だろう。その後はヘトヘトになりながら徒歩で国境まで走らねばならないだろうな。ご愁傷様さま。

「それにしても小娘め。こんなところまでわざわざのお出迎えか。それにしても、奴も一端の指揮官になったのか」

だんだんに近づいてくる軍団に、私は大きく手を上げた。向こうも私を認めたようで、先頭を歩く、白い鎧を纏った小娘が剣を抜いてブンブン振り回した。

はてさて、草原に隠れているであろう我が愛しの祖国様の兵たちはどうするか。

私はニヤリと嘲笑して、青々とした草原に目を向けては見るが、どこからも矢が飛んでくることはなかった。

当然といえば当然か。ここで矢を放てばサトゥルの軍勢によって皆殺しは必死だろう。それに恐れをなしているのだろう。まぁ、最初から本当にいないということも考えられるが、あの御者の様子だ。どこかにいると見たほうがいい。

 私が安堵してようやく息を吐いたときである。

 一本の矢が、私の背にその鋭利な鉛の塊を打ち込んできた。

「なにっ?!」

どこからっ?!

そう叫び、力なく私が膝をついて倒れる瞬間、穏やかな川の中に黒ずくめの男が一人だけ、弓を持ってこちらを見ていた。彼は倒れようとしている私に深々と一礼。すぐにその場から離れていった。

「ああ、そうか……」

 私を射るように命じたのは……あの男だったか。

 遠くのほうからガチャガチャと金属の鎧を擦れ合わせる音が聞こえてくる。私の名を呼ぶ小娘の声も聞こえてくる。だがしかし、私はそのまま真っ青な空の元で、地面に白い頬をくっつけながら、ゆっくりとその釣り上がった目を閉じるのであった。

 

 

 

第一章  紅玉(こうぎょく)の剣士アティナーデと白玉(はくぎょく)の剣士アルテミス

 

 

 

 無音。

 私は一体どうなったのだろうか。何も見えないし、何も聞こえない。ああ、ひょっとするとこれが死というものなのだろうか。フワフワと、上も下も右も左もない暗黒空間を、私はひたすら無限に漂い続けなければならないのだろうか。少々寂しいが、それも運命ならば仕方がないだろう。

「大丈夫ですか、アティナ様?!」

「はっ?!」

突如として声が聞こえたかと思うと、私は身の毛もよだつ感覚に目を開けた。

真っ暗だった目の前。しかし、再び私の目が光を捉えたかと思うと、いきなり、天使のような綺麗な顔がぬっと出てくる。

まるで雪の如く真っ白な髪をダラリと下げ、矛をモチーフにした金色の独特なティアラを前頭部に装着。可愛いぱちくりした大きな目と、キュッとしまった口元。背中を不意にも射られ、意識が混濁していた私でも目の前の人間が誰かはわかる。

「これはこれは……サトゥルの第二王女、白玉の剣士アルテミスか。相変わらず、蒼白美麗だな。以前と比べても一段と綺麗になってまぁ」

 そう言って私が上体を起こすと、アルテミスはホッと息をついて、豊満な胸から手を撫で下ろした。

「まったく……。貴方のような方が簡単に射られるとは、情けないです」

「でも、汚く、ぶっとい矢から処女は守ってるぜ?」

「んもぉ……貴方は変な冗談がお好きなんですから。まぁ、でも変わっていなくてよかったですよ、アティナ様」

「まぁな」

先ほどから話をしているこの小娘……失礼、この淑女はアルテミスという。

 彼女はこれから私が嫁ぐことになる旦那の姉。歳は私と同じながら、義理の姉となる立場にある。そして、彼女こそがサトゥルの看板娘。その白く透き通った肌と青い瞳、キュッとしまった唇に、豊満な胸、柔らかそうな腰。どれをとっても男を惑わしてやまない艶美な女であった。父もきっとサトゥルを攻め落としたら、真っ先にこのアルテミスを辱めるに違いない。

 先程から、私は自分の置かれた状況を把握するべく、キョロキョロと周囲を見回してみる。どうやら、私はアルテミスの率いる軍団に助けられたらしい。それで以って、今は野営地のテントの中にいるらしい。場所は……どこだろうか。

 ホッと息をつく私に、アルテミスがにこやかに笑って、芳醇な実りが作り出した紅茶を差し出した。私の鎧と同じ、赤みがかったその紅茶は濃厚な香りを放出していた。一口、口内に注いで見れば、まろやかな甘みある味が、私の疲れを心の底から癒してくれる。

「……うまい」

「でしょ? サトゥル自慢の紅茶です。本当ならケーキと一緒に食べるのが一番なんだけど、さすがにケーキ屋を従軍させるわけには行きませんものねぇ」

「まったくだ。戦争に行くのか、ピクニックに行くのかわかんね」

「ま、どっちかといえばピクニックに行くほうが良いに決まってるけど」

「ふむ……。私は是非、娼館に行ってみたいな」

「んもぉ!! アティナ様ぁーっ!!」

 冗談交じりに笑ってみる私と、真剣そのもので怒鳴るアルテミス。

私たちは対立国同士に生まれながらも、互いの国を使節として行き来している間に親しくなった。歳も同じで、お互いが姫であるという立場上でも話しやすかったというのが大方の理由であろう。

だが、これからもずっと、私はアルテミスと共にいることになるのだろうか。それは、御免蒙りたいものである。理由は後述しよう。後述させてくれ……。

 兵たちによる、演習最中の怒鳴り声にも似た声を聞きながら、私は紅茶の入ったお洒落なカップを片手に、師団長であるアルテミスと会話を繰り広げた。無論、私が一番知りたいのはアルテミスがまだ純粋無垢の穢れのない少女であるかどうかである。歳のせいか、私はこういうネタが大好きでたまらなかった。あの駄目親父の血とは考えたくは無いが、そうとも言い切れないところが悔しい。

私はなんら躊躇することなく、単刀直入にこの白騎士に聞いてみた。

「なぁ、アルティ。お前も十九だろ? もう男と寝たか?」

すると、アルティは顔色一つ崩すことなく、太陽のように眩しい笑みを浮かべながら。

「いいえ。まさか、滅相も」

「縁談もないのか? お前ほどの器量ならば貰い手などいくらでもいるだろ?」

「だって、私が結婚したいのは貴方なんですもの!」

「はいはい、そう来ると思ってましたよ、チキショーめ」

 こういう理由で、私はこいつとずっといるのは御免蒙りたい。

こいつは何不自由の無い温室育ちのお姫様で、昔は碌に剣も触れなかった。そんなお姫様が必死に修行して軍の師団長をやっているのは、私に近づきたいという傍迷惑な願望のせいであった。

 いつだったか、アルテミスは私に本気で結婚を申し込んできたときもあった。思い出したくない記憶を私は消滅させるのが得意らしい。あったという事実以外は皆、忘れた。

「アルティ、お前も私も女なんだ。だから結婚はできない。神を冒涜する気か?」

 私がそう尋ねると、アルテミスは紅茶を上品に一口のみ、澄んだ瞳を私に向けて

「神様が本当にいるのであれば、男も女も分け隔てなく付き合えるようになさったはずです。男女があるからこそ、面倒ごとが多いのです」

「あのな? 神は人を自らの複製品として作られたんだ。男女があるのも神のようにコピーを作るためなんだよ。お前も知ってるだろ、我が世界の創世記ぐらい」

「でも人間は神のように万能じゃない。つまり、欠点があること即ち当たり前」

 こいつの言っていることは、ただの好都合主義の中の一言に尽きるのだが、たまにズバリいうときがあるから困る。私もこの一言には思わず返答を頭の中で必死に探した。だが、見つからなかった。人間は未だに神になれない……それは複製品だからだ。

「ほおらー」

 何がほおらーだ。答えが見つからないからと言って、私がアルテミスを妻にするわけがない。私にはそんな気は毛頭ない。あってたまるか。私が同性を好きになるようなことは、姫騎士たるプライドが絶対に許さない。しかし、そんな私のプライドなど、この女にしてみれば無関係なのだろう。胸糞悪い。

 このままでは私の処女が危ういと感じ、私は紅茶を少し残したところで座っていた簡易ベッドより立ち上がった。

「まだゆっくりしてたほうがいいですよ? 背中の傷、浅いけどピリピリするでしょ?」

「私は紅玉の剣士アティナーデ様だぞ? そんな傷ぐらい耐えられるさ」

 そう強気な目をして私は立ち上がって見せるのだが、鎧を固定するためのベルトが傷口にジャストフィットして痛みを発生させる。私は思わず頬を引きつらせ、汗を滴らせてしまった。その私の姿に対し、アルテミスはにこやかに微笑んでいた。しかし、私には空嘯いているようにしか見えなかった。

「座ってたほうが良いですよ?」

「い、いや……大丈夫だ、これぐらい」

「変に意地を張ると傷が化膿して大変ですよ?」

「そ、それも私の持ち味って奴だ」

 まるで全知全能な天使のような目が私の心を見透かしていた。

アルテミスは私の肩と腹部に触れながら、静かに簡易ベッドの硬いクッションの上に腰を下ろさせた。同時に彼女も私の隣に腰を下ろし、妹を見るような眼で私の顔を覗きこんできた。

「まぁまぁ、ゆっくりしましょうよ。別に、今すぐに都へ行くっていうわけじゃないんですから」

「お前と一緒にいると、私の処女が危ないんだって」

「ぷぅ!」

 アルテミスはすかさず頬を河豚のように膨らませた。その表情は心外の表れなのか、それとも拒否されて拗ねているのか。どうか、後者ではありませんように。心の中でそう祈る私はふと、背中に受けた傷のことでアルテミスに尋ねた。

「そうだ、私を射た男はどうした?」

「え? ああ、急いで追撃隊を差し向けましたが、逃げ足がとても速く……見失ったとのことです」

「そっか。しかし、とんだ策謀に巻き込まれるところだったな」

「いえ、これで貴方の従来の考えどおり、サトゥルは断固たる態度をとることができましょう。きっと、貴女の復讐も成し遂げられるはずです」

「……お前、どうしてそれを? ひょっとして、お前は私の思考とか全部わかったり?」

「いえいえ。私はそんな空気の読める人間ではございません」

私がジュピネルを憎み、国王である父を殺したいなどと思う気持ちは誰一人にも言ったことはない。そんなことがひょんなことで父の耳に入ってみろ。確実に私は殺されていた。それがそれだけに、アルテミスの発言は気味が悪い。こうして数年ぶりに再会しては見たものの、私の私生活を四六時中、観察しているのではないかとさえ思った。当のアルテミスは私の顔を、仄かに染めてまじまじと見据えていた。近い。気色悪い。やめてくれ。

「アティナ様ぁ、好きです!! 私は偏に、貴女様をお慕い申し上げておりますぅ!」

 スイッチが入ったのか、我慢を超越してしまったか、この変態は長大な翼を拡げた孔雀のように、腕を広げて私へ飛び掛ってくる。私は逃げることもできずに捕捉された。このままでは、確実に危ない。

「や、やめんか! 気色悪いだけだ!」

「そんなつれないアティナ様も大好きです! あぁ、アティナ様の綺麗な赤髪、とても良い香りがしますぅ。アティナ様の柔らかい胸もいいですぅ! そして、まだ男を知らない牝器官もいいですぅーっ!」

 誰か、こいつの陶酔を一刀両断にぶった切ってくれ。ってか、殺せ!

 このままでは、十九年間も守ってきた私のファーストキスが、旦那に捧げる前に掠め取られる。私は無我夢中で痛む背中を圧してアルテミスの侵攻を食い止めていた。しかし、誰かが助けに来てくれないと本当に地獄を見てしまう。

アルテミスは私の眼前に迫ると安らかに目を瞑り、小さな口を『う』と発音するような形にし、頬を真っ赤に染め上げた上で向かって来る。私の手が必死に彼女の侵略を食い止めてはいるが、負傷している分、こちらのほうが分が悪い。

 もう駄目かと私が神に懺悔した瞬間だった。突如、テントの分厚い布地を引き裂いて一本の矢が飛び込んできた。それは私たちとは離れた場所に突き刺さったが、続けざまに数本の矢がテントの中に飛び込んできた。

「アルティ?!」

「は、はい!」

 これが徒事でないことは明々白々。私はピリピリ痛む背中に無理をかけ、剣を腰に挿してベッドから飛び立った。いい機会だ、アルテミスがどこまで使えるようになったのか、それを判断しよう。

 テントを蹴っ飛ばすように表へと出た私たちは、壮絶な光景を目の当たりにすることになった。

白銀の鎧を身につけたサトゥル軍と、赤の鎧を身につけたジュピネル軍が野営地の少し手前の草原で激突していたのである。理由は不明ながら、両軍入り乱れての激しい白兵戦に陥っていた。

「い、一体、何が?!」

 アルテミスが目を見開いて驚いていた。

「さぁな! さっきの追撃か、それとも戦争か! いずれにせよ、敵を倒すぞアルティ!」

赤い旗を翻し、矢を射かけ、ジュピネルの騎馬隊が雪崩を打ってサトゥルの野営地へと突っ込んでくる。それに対し、サトゥルの軍勢も負けてはいない。冷静に矢を射て突っ込んでくる騎馬隊を確実に倒していった。

「どうやら、サトゥル軍のほうが優勢だな!」

「ええ、そのようですね! あぁ?!」

「どうした?!」

「け、剣を忘れましたぁ〜!」

「それでいいのか、馬鹿大将!!」

 慌ててテントに取りに戻るアルテミスに、私は思わず怒鳴ってしまっていた。なんでサトゥルの軍司令部は、こんな天然娘を指揮官に任命したのか、甚だ疑問である。

 アルテミスが不在ながら、私は剣を抜き、見ず知らずのサトゥルの軍勢の間を駆け抜けて最前線まで突っ走った。

 馬防柵を拠点に矢を射掛けるサトゥル軍はおよそ三百。それを必死に攻め掛けるジュピネルの軍はおよそ百。数の上でも防御の点でもサトゥルのほうが圧倒的に優勢だった。おそらくは、国境を突破する際にサトゥル側に気づかれにくくするための少数侵入だったのだろう。橋は渡れないから川を横断してサトゥル領内に侵入したと考えられる。だが、その苦労をしたジュピネル軍にとっては悲しいことながら、完璧な陣形を築いているアルテミスの師団を前にすれば倒されるほか無かった。

私は弓を射るサトゥルの兵士たちの横を走りぬけ、一メートルある馬防柵を飛び越えた。「危険です!」と誰かが叫んだような気がしたが、私は目の前の敵しか認識できないでいた。抜いた剣を振りかざし、地面を駆け抜ける私を危惧してか、それ以上の矢が飛んでくることはなかった。

 矢が飛んでこなくなったことにより、勢いを盛り返さんとするジュピネルの兵士たちは長槍を前に突き出すと、勇ましい声を上げながらこちらへと走ってきた。

「面白い! 槍ごときで私が倒せるのなら、やってみせろ!」

 私は恐れるどころか、狂喜に近い状態だった。軍人といえど、戦争のない世の中で暮らしてきた私。人を殺したこともない私。それが蛹から蝶が羽化するように、私も一皮剥けて突撃した。

「あ、アティナ様ぁ?!」

私の背後で二つの剣を両腰に挿し、騎馬に跨ったアルテミスが柄にもなく大声を張り上げている。部下たちもアルテミスに指示を仰いでいるようだが、本来の戦術ならば防衛側は迂闊に攻め込んではいけない。それは私も熟知しているから、事実、私は単独で残存三十の敵を相手にしなければならなかった。

「元ジュピネル第五師団、師団長アティナーデだ! 私を殺せるものは存分に来い!」

 戦場に舞う一輪の花とはよく言う。さしずめ、私はあの世に咲き乱れている山茶花が現世に種を飛ばしたものなのだろう。それでもいい。死神とでもなんとでも呼ばれてもいい。あの国を滅ぼせるのなら私は何にでもなってやる!

 我が身に向かって突き出される槍。私は大地を蹴っ飛ばして空へと舞い上がると、その槍の柄に乗り、跳ね返りを利用して更に高くジャンプした。空中で二度、三度と回転して槍隊の背後へと飛び降りると、相手に振り返らせる隙も与えず、私は姿勢を低くして斬りかかった。

 狙いは腕。利き腕さえフッ飛ばしてやれば、完全な戦闘不能。あとはどうにでもなる。私は狙い済まし、確実に腕を吹っ飛ばした。丈夫で鉄も切れる最高級の名刀と、紅玉の剣士の腕を合わせればすんなりと吹っ飛ばせた。

 吹っ飛ばされた奴らは次々に倒れこみ、激痛にのた打ち回り、やがては大半がショック死していった。動脈を切断するのだから、その致死率ははなはだ高い。舞い降りる血の雨を体に受けながら、私は喜色満面で情け容赦なく相手を傷つけた。

「全軍、アティナ様をお守りしなさい! 私に続け!」

 壮絶な死闘が目の前で繰り広げられているのを黙って見守るわけにも行かず、アルテミスは判断を下して全軍突撃を命じた。兵を極力失わないようにするための戦術を捨て、アルテミスは馬に乗って野営地を飛び出した。

駿馬に乗った白玉の剣士は一目散に私のところへと向かってくる。私は私で悪魔のようにかつての同胞たちを切り殺した。ある者は槍ごと脳天を叩ききられ、ある者は首を突き破られ、またある者は腕を吹っ飛ばされ、惨たらしい方法で確実に殺されていった。

そのうち、遅れて駆けつけたサトゥルの軍勢が、畳み掛けるようにジュピネルの兵たちを殲滅した。私も残敵掃討に加わり、一人一人、確実にその息の根を止めていった。しかし、一体彼らは何なのだろう。苦労して河を渡り、私たちに戦を仕掛けたはいいが、全滅を見越しての戦いだったのだろうか。一体、誰がそんな作戦を発案したのか。

 戦の後は埋葬をしなければならなかったのだが、幸運なことに、重傷者こそ出したものの、サトゥルの軍に犠牲者は誰一人としていなかった。よって、埋葬される遺体は全てジュピネル軍のものとなる。

宣戦布告なしに始まった戦闘はジュピネルの全滅で幕を閉じた。屍になった兵士たちが、野営地の近くに無造作に埋葬されていくのを見つめながら、私はただ原っぱの上で佇んでいた。

その隣に立つアルテミスもまた、何か考えたいことがあるのだろう。酷く物悲しそうな顔をして、埋められていくジュピネルの兵士たちの屍を見下ろしている。

「しかし、解せんな。今度の戦いは無駄に兵力を消費するものだった。アルティ、お前はどう思う?」

「ほぇ? あ、すいません……聞いてませんでした。なんですか?」

「いや、もういい。お前も初めての本物の戦いだったんだ。よくよく考えてみるんだな。私は私なりに色々と考えてみることにする。着いてこようなどとは思うなよ?」

「はい……」

 意外に素直なので、私も拍子抜けした恰好だ。

夕暮れに染まる空の下、私は血に塗れた姿でほっついた。生まれて初めて人を殺したが、その感触が癖になってしまいそうなくらい、私の頭の快感を与えてきていた。恐怖に怯え、命乞いをする人間を殺めるたびに私は恍惚に浸っていたような気がした。

「私は、女を犯して楽しむような父の嗜好まで受け継いでいるのだろうか。汚らわしいな」

血で染まった利き手を広げてみながら、自分の中に宿る父の影に、言い知れぬ恐怖を感じた。私の体の中にあの男の血液が流れている。そう考えただけで、私は自分の存在を否定したい感覚に囚われた。

 兵士たちが忙しなく敵国の兵士を埋葬するべく奔走する中で、私は頭を押さえ込みながら立ち尽くしていた。

「やめよう……。こんなところで立ち止まっていても仕方がない。今はただ、自分のやるべきことをするだけだ」

 私はせっせと死体を運ぶ兵士たちへと駆け寄り、及ばずながら手を貸してやることにした。異国の地で死ぬこととなった屍たちが天へと昇れるように神にお願い申し上げておいてやろう。それがせめてもの同郷の者としての手向けだ。

 埋葬は結局、その日の夜八時頃までかかってしまった。墓石を立てる暇もなく、小高い墳丘を作ることで墓標とした。その落成においては、私とアルテミス、両国の看板騎士が並び、それぞれ黙り込んだままで敬礼をして、あの世への餞とした。

 敬礼を終え、埋葬に疲れた兵士たちが解散する中、私とアルテミスは最後まで墳丘を見ていた。あと数年も経てば、この墳丘もきっと草木が生い茂る山となろう。死者たちの体を栄養にし、スクスクと育ってくれるはずだ。

「とりあえず、都へ行こう。アルティ」

「はい。この事態について、私も詳しく知りたいと思います」

「うん。私もこのままでは納得できないからな」

 一体、父は何を考えているのか……。

満天の星空の下で流れるそよそよとした風に、私たちはお互いに長い髪の毛を靡かせていた。だが、さし当たって話すこともなく、ただただ地面に根を生やした大木のように、ボーっとと突っ立っていた。

数分後、私たちは言葉少なめにテントへと戻り、眠りについた。アルティミスのセクハラも危惧していたのだが、戦疲れのため、アルテミスは早々と眠ってしまい、私は安心して静かに眠ることができた。

矢で射られた背中が少しだけ痛かったが、暗夜に響く虫たちの集いがいい音色となって私を眠りへ誘う薬となってくれた。正直、硬いベッドなのは勘弁してもらいたいが。

 

 

 

 翌日。私が目を覚ましたときには、隣にアルテミスの姿はなかった。

すでに野営地移動の準備が進められているのか、テントの外ではワイワイガヤガヤと兵士たちが連携を取り合って野営地の後片付けを行っている。私も手伝おうとベッドより出て、綺麗に磨いておいた私の戦いの親友である真っ赤な鎧を身に纏った。このときには背中の怪我もあまり痛むことはなかった。

「あ! アティナ様ぁ!」

 テントを出て早々、白いドレスを着たおてんば娘がいきなり私に抱きついてきた。

「……てめぇ、なんのつもりだ?」

「アティナ様ぁん。私は偏に、貴方様を愛しているのですよ?」

「何度も言わすな! 私は女に興味はない!」

「それは、いわゆる素直になれない恋心なんですね?」

朝からやけにテンションの高い奴だった。昨夜は手酷いものを見てしまったために静かなものだったが、それが貯まりに貯まって爆発したらしい。元が天然で自重という言葉を知らないのだから、私もほとほと困り果てている。

「はぁ……。しっかし、なんだよ、その恰好。軍にいるときは鎧を着ろ。お前は姫である前に軍人だろうが」

「だってアティナ様に私の可愛い姿も見てほしかったんですもの。どうですか? 似合いますか? 思わず抱きしめて甘く耳元で愛を囁きたくなりましたか?」

 こいつ、マジで命いらないみたいだなと思いつつも、手を上げるのは負けた気がした。

「似合う似合う。わかったら、早く鎧を着て来い。野営の片付けだからって兵たちばかりに任せていては指揮官として勤まらないぞ?」

「はぁーい」

アルティは素直に私の言葉に従った。純白のドレスのスカートを持ち上げ、せっせと指揮官専用のテントへと入っていった。そんな指揮官失格のアルテミスに、私は舌打ちを二度ほど溢すと、真っ赤な前髪をかき上げて、後片付けに精を出している兵士たちの輪の中に入っていった。

「手伝おう」

「あ、お手をお借りるほどではございません、アティナーデ様」

「気を使うな。私とて軍人だ。これぐらい朝飯前さ」

その最中に取り留めのない言葉を交わしてみれば、サトゥルの兵も私の部下たちと同じように愉快で、可笑しく、それでいて強かった。慣れてきたためか、私のことを赤姫というものもいたが、私も笑って許してやった。

国では私は天高き人間であったが、ここでは私も一介の軍人に過ぎなかった。普通の人間として接してくる彼らに居心地のよさを感じた私は、首都に嫁入りせず一緒に戦いに備えてみたいとさえ思った。

「さて、これより第七師団はアティナーデ様をお連れし、都へと向かいます」

 移動準備が整い、少々の休憩を挟んだ後、卓越した筋肉を見せる白馬に跨った天然の白剣士は、オペラの歌い手になれそうなくらい、空に抜ける高い声を上げて、整列した兵士たちに号令した。即、サトゥルそのものを現す白銀の鎧で覆われた屈強な男たちは、腹の底から奮え立つような太い大声を上げた。

 号令が終わると、馬に乗ったアティナは大地に立ち尽くす私に向け、煌びやかな装飾のなされた篭手を填め込んだ白い手を差し出した。私は無言のままにその手を取って、彼女の背後に跨った。

「では、アティナ様。我がサトゥルの都タイタニアへお連れいたしますわ」

「うむ。し、しかし……二人で馬に乗る必要があるのか?」

「騎馬は隊の分しかありません。どうか、お許しください。この馬も慣れぬ人を乗せたがる性分ではございませんので、しっかり私の体にしがみ付いていてくださいね? できたら、鎧で覆われていない部分に手を添えていただけると尚、馬は落ち着きますわ」

「…………」

 私は怖気を感じながら、アルテミスの華奢な体に背後から手を回して抱きしめた。この女はひょっとするとこれが狙いだったのか、嬉しそうに頬まで染めやがって、手綱を引っ張った。

さらに馬が歩き出すと否応なく、私はアルテミスの体に強く顔をうずめてしまうのだった。そのたびにアルテミスの方より気色悪すぎる声が、何度も何度も何度も×五乗分ぐらい、漏れるのが心底腹立たしかった。

「アティナ様の御手が私のお腹を擦って……あぁん、幸せですぅ」

「振り落とすぞお前っ!!」

サトゥルの都タイタニアは野営地より北西に徒歩三日の所にあった。それぐらいの尺度で考えてもらえれば、サトゥルとジュピネルがどれだけ小さな国かわかってもらえるだろう。

それでも周辺の国々から見れば大きなほうであるがため、他国からの侵入はほとんどないに等しかった。しかし、どこの国も軍備を増強、戦には常に備えており、さらには戦にこそならないものの、小競り合い規模の軍事衝突ならば日常茶飯事。つい最近では、私の国の兵士たちが隣国エリスとの川を巡る争いで衝突し、四名が戦死したとか。

 サトゥルの都タイタニアは、中央に真っ白な壁と青いドーム型の屋根が特徴的な城が聳え立ち、周囲を住宅街が取り巻いている。その住宅街も、北が貴族の町、南が平民の町と、しっかり区分けされているのだが、行き来は自由であった。

「アティナ様、都では貴方の到着を皆が待ち焦がれておりますよ?」

「到着したらすぐに挙式だろ? 今のうち、処女散らす心の準備をしておくか」

「ほーんと、なんでメイスなのよ。けっ」

「あ、アルティ?」

「なんでもありませんですわ」

 おしとやかに笑ってみせるアルテミスだったが、その笑みの中に確かに見える憎悪という単語。まるで瞳に落書きでもしているかのように、白い文字ではっきりと見えた。

「そ、そっか……。な、ならいいんだ」

地平線の果てまで続くのどかな街道を、私はひたすら馬に揺られて進んでいった。遠目に浮かぶうっすらとした山々。その麓にタイタニアはある。はてさて、私の旦那となる男の顔はどんな奴か、大いに不安であったが、同時に少し楽しみなところではあった。

 しかし、私の婿のこともさることながら、一番、心に陰りをつけるのはタイタニアまであと三回も夜が来るというところだろうか。果たして夫と臥所を共にするまで、私は純潔を守れるのだろうか。神よ、どうか、罪深き我が乙女をお守りください……。

 なぜ、千何百といる師団の男よりも、女一人による体の心配をしなくてはいけないのか。私は人の世の摂理に外れたようなこの状況に険しい顔をし続けた。

 

 


← 前のページ 次のページ →

キャラクターランキング実施中!!

感想掲示板

戦乙女物語TOPへ